クラスメイトボンデージ

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 クラスメイトボンデージ

 今日、僕は今までの人生に於いての一大決心をしている。
 初めてプールのスタート台から飛び込むとか、親父に小遣いの値上げを要求するとか、エロ漫画を掴んでレジに出すとか、今までの僕の人生で、少しは『勇気』というものを使っただろうと思われる状況とは、比較にならないほどの大決心だ。

 自分でも、なんとなくそういった性癖は持ち合わせてるとは思ってた。
 だが、それがはっきり自覚できたのは、3年ほど前に本屋でSM雑誌の表紙を見かけた時からだ。
 縄で縛られる体。
 吊るされ、鞭打たれる、緊迫感と緊縛感。
 そんな中でも僕のお気に入りは、アメリカンボンデージと呼ばれる皮ベルト多用した拘束具と、顔を固定してしまうマスクだ。

 最初は雑誌を買う勇気もなく、閑散とした本屋で、オヤジの目を盗んで立ち読みするだけだった。
 当時としての一大決心をして、やっと1冊買い、それこそページが擦り切れるまで読んだ。
 そして、雑誌の内容もさることながら、巻末の広告に載っているSMショップに、一度でいいから行ってみたいと思っていた。
 そんな想いがグルグルと渦巻き、ついに限界に達したある日の放課後、僕は雑誌の住所を頼りに行ってみることにした。

 大人の街にあるマニアックな店には、どんな格好で入れば良いのかわからないので、僕の精一杯のところでジーパンに皮ジャンで妥協した。
 駅のトイレで着替え、コンビニで買ったサングラスを掛け、夕方の歓楽街を歩く。
 財布には、なけなしの小遣いを貯めた5万円が入っている。
 何を買うつもりでもないけど、何かは買って帰りたい。
 折角勇気を出して行くのだから、その証が欲しかった。

 妖しげな大人の街に負けないようにと、意気込んで駅を出てみたものの、その店は表通りに面しているので、道往く人はそんなに妖しげではない。
 OL、ビジネスマン、そしてやっぱり、僕でも水商売系とわかる女性。
 ビルの壁面に打ち付けられた住所表示板で確認し、古びた雑居ビルの名前を確認して、リノリウム張りの階段を上がる。
 2階にあるピンクの電飾のついた、黒い分厚い扉の前に立つ。
 ああ、これが大人の妖しいお店の雰囲気。何年も前、マセた頭で目覚めてしまった僕が、ずっと憧れた店の雰囲気なのだ。

 ドア脇のポスターを見る。
「ドミナとの夕べ」
「コスチューム・フェス」
「女性のためのSMバー、オープン!」
 貼られた写真も現世を超越した世界。
 こんなことしている大人が、本当にいるのか?
 毎週開催って……?
 ああ……タメイキが出る。

 意を決して、目の前にある扉を、ついに開ける。
 グイと押しても開かない!
 会員制?!
 どこかからカメラで監視されているのか?
 ドクドクと汗が出る。
 もう一度ドアを良く見る。
 『引く』
 あああああああ。
 大丈夫か、僕は。
 ノブを引くと、何事も無かったようにドアは開いた。

 入ったとたんに鼻をつく皮とビニールの匂いが立ち込め、それだけでもう頭がクラクラする。
 自分では落ち着いているつもりなのに、喉はネットリと粘つき、唾液が上手く飲み込めない。
 入って左手の棚には、赤や黒のボンデージコスチュームが所狭しと置いてある。
 金網式の棚から吊り下げられた、首輪や手械、足枷の数々。
 そしてその前に立っているマネキンが着ている、ベルト式の全身拘束具。
 ゴクリ、と生唾を飲む。
 実物を目の当たりにして、手が震えるほど興奮している。
 僕はジーパンで良かったと思った。
 制御不能な股間の猛りが、今にも厚手のデニム生地すら突き破りそうだ。

 店内を見渡すと、誰も僕の動きを気にしていない。
 店員ですらこっちを見ようとせず、カウンターの上から頭頂部だけが見えている。
 カウンターの脇には、媚薬と思われる妖しげな薬とボディピアスが並んでいる。
 僕は心の昂ぶりを悟られぬよう、その前を通り過ぎた。

 店員は低い椅子に座ってうつむいていて、帳簿らしきものに書き込んでいた。
 後頭部の感じからして、若い男性のようだ。
 耳には大きなボールのついた太いリングのピアスが下がっていた。

 カウンターを過ぎてさらに歩くと、ビデオと書籍の棚があり、目も眩むほどのコアなビデオや本が沢山あった。
 ここが専門店であることが何より嬉しい。
 当然、ちょっとした恥かしさはあるものの、少なくとも一般書店でエロ本を買うような、奇異な視線を浴びせられる心配は無いのだ。

 そのままさらに奥へ入ると、棚いっぱいのバイブの山だった。
 こんなに沢山の種類があるとは知らなかった。
 毒々しい箱に入れられた、極彩色の男根の模型。
 あれが……女性のアソコに入るのか?
 その棚の裏側には良く雑誌で見る浣腸器や、長いゴム管、得体の知れないポンプなどが並んでいた。
 すごい…… 全部本物だ。

 その時、サラリーマン風の男性がビデオを持ってカウンターへ行き、何か尋ねはじめた。
 店員は椅子から立ち上がり、説明している。
 その横顔を見て、僕は愕然とした。

「花井……?」

 花井爽子(はない・そうこ)。
 クラスの中ではかなり変わっている子だ。
 中性的な顔立ちとショートヘアのせいで、制服を着ていなければ、必ずと言っていいほど男子に間違われる。
 女性という先入観をもって見れば、ギリシャ彫刻のような彫りの深めな顔は、すごく美人に見える。
 友達と群れるのを面倒がっているのか、クラスメイトを遠ざけることが多く、大人びた寡黙な雰囲気も手伝って何か近寄りがたく、いつも教室ではポツンと一人で居ることが多い。
 しかし、そんな態度が同性に受けるのか、下級生たちの中には彼女の熱烈なファンがいるようだ。
 当然、彼女はその子らにそっけない態度をとり続けているが、それがまた火に油を注ぐ結果となっている。
 この店員は、その花井爽子にそっくりだ。

 ビデオの客は説明を聞き終わると、そのをビデオを購入した。
 店内で棒立ちになってレジでのやりとりを見つめる僕の姿は、店員の目に奇異に映ったらしく、ビデオの客が立ち去ったあと、僕の方に向き直った。
「やっぱり石垣くんかぁ」
 その店員は、ボソリと言った。
「えっ! 花井……さん?」
「ふーん、石垣くんみたいな人でも、こんなところへ来るんだね」
 僕はとたんに自分の置かれた状況を把握して、真っ赤になった。
「は、花井さんこそ、どうして?」
「だって、ここウチのお店だもの」
「エーーッ?」
 さすがに驚いた。

「いつもはお父さんが店番してるんだけど、お友達とのミーティングがある時は、あたしが店番してるの」
 花井さんは相変わらずの雰囲気で、小さな声で淡々と答えた。
「花井さんちがSMショップだとは知らなかった」
「本当は、お父さんは輸入代理店の社長なんだけど、関連商品扱ってるうちにショップもはじめたの。あまし聞こえ良くないから、ナイショにしててね」
「あ、も、もちろん」
「今日は、何を探しに来たの?」
「え!? あの、な、なにって?」
「だから、ビデオ?本?それともバイブとか。石垣くんも隅に置けないわね」
 表情を変えずに冷やかす花井さんに、何て返事していいかわからなかった。
「えーと、僕はただ単にこうゆうの好きだから見に来たんだけど……」
「えー? 彼女いないの? 一人でこんなの買って楽しい? それとも、石垣くんて自縛マニア?」
「そこまで言わなくてもいいじゃん。だいいち、『じばく』って何だよ」
「ごめん。だからあたし友達少ないんだな。あ、ちょっとごめん」
 下着を選んでいたハデなカップルが、何着か持ってレジに来た。

 花井さんがお客の会計をしている間、僕はレジ横の媚薬を手に取って見ていた。
「こんなのって、効くのかな?」
「まあ、キッカケにはなるよ。その赤いキャップのやつは良く売れるよね。最初、心臓がドクンってなって、しばらくぼーっとしたあと、ちょっと頭痛がするけど」
 会計を終えた花井さんが詳しく答えてくれた。
「使ったこと、あるの?」
「一応、商品だからね、一通りは知っておかないと」
 ―― ドキ ――
(商品って、バイブもか?)
 喉まで出かかった質問を、ゴクリと呑み込んだ。

「あ、おかえり」
 花井さんの言葉に振り向くと、がっしりした男性ががこっちへ来た。
「何か変わったことあったか?」
「とくになし。あ、お父さん、こちら同級生の石垣くん」
「こんばんわ」
「お、これはいつも娘がお世話になってます。って、キミも好きだねぇ、その若さでこんな店に来るなんて。ゆっくり見て行ってくださいね」
「ど、どうも」
「もういいの? 打ち合わせ」
「おう。俺が店番やるから、爽子は帰っていいぞ」
「やった。……そうだ、石垣くん、お買い物つきあってあげようか」
「ぼっ、僕は、別に……」
「一番欲しい物は何?」
「えと、全身拘束具…… でも着せる彼女も居ないし……」
「ごめん、あたしが変なこと言ったから、買いにくくなっちゃった? うちとしては、ぜひとも売り上げアップしたいんだけど」
「じゃあ、何か買うよ。もともとその気だったし」
「お詫びに、あたしがモデルやってあげる。お父さん、いいよね?」
「おう、でも商品汚すなよ」
「わかってるって」
「ちょ、ちょっと! モデルって……?」
「こっちへ来て」
 花井さんに手を引かれて、革製のボンデージが置いてあるところへ来た。

「どれにする?」
「そんなこと言われても……」
「あたし、コレなんて好きだな」
 花井さんが手に取ったのは、革製のベルトが金属のリングで繋ぎ合わされた全身拘束具。
「い、いくら?」
「3万円。でも石垣くんなら2万9千円でいいよ」
「そ、そりゃどうも」
「こっちへ来て」
 こんどは試着室の前へ連れてこられた。
「ちょっと待っててね」
 相変わらずボソボソとした小さな声で言うと、花井さんは試着室に入った。

 カーテンの下から見える試着室の床に、花井さんが穿いていたジーンズがパラリと落ちてきた。
 その上に、こんどはTシャツが脱ぎ捨てられた。
 そしてしばらくカチャカチャという、ベルトのバックルが鳴るような音が聞こえていたかと思うと、急にシャッとカーテンが開いた。

 僕は息を呑んだ。
 と同時に期待が僅かに満たされず、ちょっとだけ失望した。
 そこには全裸ではなく、縞柄のショーツと素っ気無いスポーツブラの上から、革製全身拘束具を身に着けた花井さんの姿があった。

「ここから先は、自分じゃ出来ないんだ」
 ボソッと言うと、くるりと背を向けた。
 僕の目には、花井さんの背中を縦横に走る、黒いベルトが飛び込んできた。
 その縦の部分に1箇所、横の部分に2箇所、緩んだバックルがあり、背中の中央には手枷がにぶら下がっていた。
「締めて」
 あまり付き合いのない同級生に言うにしては、相当にヘヴィーなことをさらりと言う。
「う、うん」
 震える手で、それに触れ、まずは縦のベルトを絞った。
「ウッ」
「あ、大丈夫?」
「平気……っていうか、緩いよ」
「ごめん」
「あと2コマ締めてみて」
「うん……」
 実際2コマ締めるためにはかなり引っ張らないとだめだ。
 本人がいいと言ってるので、遠慮なく引っ張ってみると、ごつい皮ベルトがショーツの後ろの布を深く割り込み、お尻が完全に2つに割れてしまった。
「これでいい?」
 花井さんは少し前屈してみてから、
「うん」
 と言った。
 前屈したとき、ベルトがギュチッと軋んだ音に、自分がこの性癖に目覚めたときから持っていた、正体不明の核心に触れたような気がして、全身が電撃を受けたように痺れた。

 じっとり汗ばんだ指先で横のベルトも締めると、花井さんはそれまで体の横に揃えていた腕を後ろに回して、左右の手首を枷の辺りで重ね、「これも」と言った。
 華奢な手首をそれぞれ分厚い皮の手枷で留めると、花井さんは抵抗の自由を失った。

「できたよ」
 僕が言うと、花井さんはそのままくるりとこちらへ向き直った。

 ―― ドキ! ――

 全身拘束着で戒められた花井さんの体は、下着を着けているとはいえ、僕の僅かに残った理性など粉々にフッ飛ぶほどエロティックだった。
 白い首には皮の首輪が巻かれ、それは彼女自身の手で、食い込むほどに締められていて、そこから延びるベルトが乳房を締め上げるベルトの環へと下りていた。
 大振りなTシャツや、学校の制服からはわからなかった、彼女の並以上のボリュームがある胸は、卑猥な形にベルトでくびり出され、すこしゆったり目サイズのスポーツブラのカップ部分が、窮屈そうに布目を伸ばしてしる。
 普通はその布の厚みに隠されて目立つことのない乳首が、キリキリと締め上げる圧力によって、はっきりそれとわかる形に浮き出ている。
 そして腹部は腰周りをベルトで絞られ、彼女の女性らしい腰のくびれを強調している。
 この状態の彼女を見れば、だれも彼女を男と間違えないだろう。

 一番気になる部分に目をやると、その部分は縞柄のショーツがきつく割れた中央に、とても繊細な部分に触れるとは思えない、荒々しい皮の肉厚なベルトが容赦なく食い込み、単に下着姿を見るよりも何十倍も卑猥な有様だった。

「どう?」
 僕の沸騰する脳とは対照的に、花井さんは極めて事務的な口調で訊く。
「すごいね。なんていうか、エロティックだよ」
「そうでしょ。一番の人気商品だもの」
 商品のことを言ったんじゃないのに、と思ったが、実際商品もエロティックだった。
「あ、下着があると細かいとこわかりにくい? ごめんね、試着のきまりなんだ」
「それ、買うよ」
「ふふふ、まいどー」
 拘束具で縛られたまま言う。

「他にはいいの?」
「他って?」
「口枷とかブーツとか」
「口枷かぁ」
 彫りの深い花井さんの口に食い込むボールギャグを、思わず想像してしまった。
「いくら?」
「3千円」
「それももらうよ」
「お買い上げなら、試しに嵌めてみていいよ」
「エッ」
「唾で汚れるから、普通は試着できないけどね」
 僕は背後の棚から、真っ赤な穴あきボールのついた、ボールギャグを持ってきた。

「はい」
 花井さんはパカッと口を開け、目を閉じた。
 ドクドクと高鳴る心臓をなんとか落ち着かせながら、整った上下の薄い唇の間へボールを押し込み、ピアスを巻き込まないように注意しながら、彼女の頭の後ろで留めた。
「ろう?」
「スゴイよ…… あれ? けっこう喋れるんだね」
「まあれ」
 僕は花井さんをじっと見つめた。
「らりよう」
「いや、花井さん綺麗だなーと思って」
 意外なことにこの時、突然花井さんが真っ赤になった。

「ひやっ」

 多分『いやっ』と言っているのだろう。
 突然体をくねらせて僕の目を避けるように横を向く。
 その時僕の目は、花井さんのショーツの股の部分が、暗く湿っているのを見てしまった。

 僕はちょっと意地悪く、羞恥に体をもぞもぞとくねらせる、この同級生の女の子の肢体を見つめ続けた。

「ひやぁぁ……」

 耳の付け根まで朱に染めて、さっきまでの事務的な表情から、羞恥の表情に変わっている。
 発音の自由まで奪われ、僕が気を利かせて解釈しなければ、解放を哀願することも出来ない。

「ろっれ……」
「え?」
「ろれ、ろっれ」
 舌でギャグのボールをコロコロと回す。
「あ、うん」
 僕は我に帰り、急いでボールギャグを外してあげた。

「ぱっ…… ふう。ごめん、取り乱しちゃって。石垣くんがヘンなこと言うから」
「でも、素直にそう思ったから」
「ありがと。あ、これも脱ぐね。汚しそうだから」
 花井さんはくるりと後ろを向いた。
 僕は彼女を拘束している手枷を外し、背中のバックル3箇所を緩めた。
「待っててね」
 手が自由になった彼女は再びカーテンを引いた。
 カチャカチャと音がして、試着室の床に、先ほどまで花井さんの体を戒めていた拘束具が置かれ、代わりにジーパンとTシャツが取り上げられた。
 カーテンが開いて、花井さんが出てきた。
 手にした全身拘束具のベルトの一部をしげしげと眺めている。
「汚したかもしれないから、新品と代えるね」
「え、いいよ、いいよ。どうせ誰に着せるわけでもないんだから」
「…………」
「…………」
 花井さんと僕は、同時に言葉に詰まってしまった。

「それじゃあさ……」
「あたしが着るよ」/「……花井さんに着てもらおうかな? なんて」
 僕が、とっさに思いついたつまらない冗談に、花井さんの言葉がカブった。

「えっ!?」
「あ」
 とたんに、花井さんはさっきのように耳まで真っ赤になった。
 普段感情に乏しそうな子が、ここまで羞恥を露にするのを見ると、本当に心を曝け出してるのが手に取るようにわかって、胸が締め付けられるほど、花井さんのことをかわいいと思ってしまった。

「お会計して」
 渡された拘束具とボールギャグを持って、花井さんのお父さんに会計してもらう。
 カウンターのお父さんはニコニコ笑っている。
「さすがに御目が高いね。ところで、ボールギャグはサービスしてあげるから、この編上げの全頭マスクも買わない?」
「いくらですか」
「2万円でいいや」
「じゃあ、もらいます」
「まいど。全部で4万9千円ね」
 結局持ってきたお金を全部使ってしまった。
「娘ともどもごひいきに〜」
 面白いお父さんだなぁ。

 店を出ようとすると、花井さんが一緒についてきた。
「下まで送るよ」
「いいよ、いいよ」

― あたしが着るよ ―

 さっきの言葉が、まだ僕の頭の中をぐるぐると回っている。

 階段で花井さんがぐっと僕に顔を寄せてきた。
「さっきの話、ホントだからね」
 いつもの表情の少ない花井さんの顔で言うと、
「じゃ」
 と素っ気無く言って階段を上って行った。

 僕は繁華街の猥雑な外気に火照りを鎮めながら、僕の手で、恥ずかしがる花井さんの表情がまた見られればいいな、と密かに期待してしまうのだった。


 [終]





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