終焉
気付くと、いつもの触手メイド服を着て、自分のベッドで寝ていた。
ガバッと起きようとしたら、全身ガチガチで節々が痛かった。
喉の奥と鼻の奥がヒリヒリするので、あれは現実だったのだろう。
まだ口の中に涙の味が残ってる気がする。
時間を確かめるために控え室に下りた。
恐る恐る廊下の端を見ると、あの花瓶の場所には新しいチャイナの大きな花瓶が据えてあり、以前より多くの花が活けてあった。
ほっ、と胸をなでおろし、控え室に入った。
誰もいないので黒板を見る。
『クリス:帰宅準備』
『マーサ:噴水』
あ、あたし、帰宅準備?
マーサは噴水の掃除か。
メイド長が入って来た。
「おや、気が付きましたか? 長いこと御苦労さまでした。今日でまる1ヶ月、ご主人様の執務室へ行ってお給金を頂き、お帰りなさい。私のことはもう、アメリアでもおばさんでも何でも結構ですよ」
にっこりと笑った。
私は事態がまだよく飲み込めていなかった。
でも、この異常なお屋敷から解放され、家に帰れると聞いて、少しだけ嬉しくなった。
2階のご主人様の部屋に行く。
「ああ、ご苦労だったね。1ヶ月なんてあっという間だ。はい、お給金だよ。落さないようにね。お父様によろしく」
「ありがとうございました。至らないところばっかでしたけど、お世話になりました」
「あと、これはここで働いた記念品のようなものだが、良かったら持って行きなさい。いつでも、どこでも再現できるから」
小箱を受け取った。
「あ、はぁ……? あ、ありがとうございます」
「自分の部屋に戻って着替えたら、私への挨拶はもういいから、アメリア君に馬車を呼んでもらってお帰り」
「はい」
渡されたお金の袋が軽いな、と思ったらお給金は小切手だった。
パパのお給料数年分くらいあった。
箱の中には小さなペンダント。
ミトコンドロイド様の紋章が刻んである。
部屋に戻ると、とたんに触手メイド服は融けるように脱げ落ち、いつかの排泄練習の時の玉のように、淡いくずとなって消えた。
あたしは勝手にボロボロ泣いていた。
そのままシャワーを浴び、なんとも頼りない普通の下着を身に着け、来た時の服を着込んで1階に下りた。
「なんだか御名残惜しいわね」
「いろいろありがとうございました、メイド長様」
「もうメイド長はいいわ」
「いえ……」
はにかんで笑う自分が信じられない。
帰ったらパパに『お前、娘と違う』って追い出されちゃうかしら。
きょろきょろと見回す。
「どうしたの?」
「あの…… マーサにお別れを……」
「ええ、もう門の所で待っていますよ」
「あ、そうだったんですか」
『門』と聞いて、この時気付くべきだった。
「馬車が来ました」
「じゃ、皆さん、お世話になりました」
お客様ではないので、お屋敷の玄関まで馬車を横付けするわけにはいかない。
門の外で待つ馬車のところまで、庭を通って歩いていった。
門には誰も居なかった。
あの噴水には、低めの石の彫像が載っていた。
―― ドクン ――
ものすごく、嫌な汗が背中を流れる。
―― ドクン! ――
震える足でその彫像に近付く。
―― ドクン!! ――
石色をしたその彫像は、まぎれもなくマーサだった。
顔を下にしたような半倒立の姿勢で、大きな口で基台に口づけをし、天に向かってさし上げた下半身は、足をVの字に開いて性器の全てを晒していた。
しかし、透明ではなく、灰色の克明なレリーフのようだった。
ぽっかり開いたお尻の穴からゴボゴボと溢れる噴水は、あきらかに下につけた口からマーサの体内へと注がれているものだった。
台座に押し付けられた顔は、目まで石化しているようで、その虚ろな石色の瞳には何も映っていなかった。
噴水から飛び出す程に開かれた足に恐る恐る触れると、石色の彫像は温かかった。
良かった。
表面を骨か歯のような固い材質で包まれているだけなんだ。
しかし光が無い分だけ、感覚遮断はもっと厳しいだろう。
それにこの姿勢……
見ているあたしの方が赤面してしまうほど、直接的に淫らな姿勢。
あたしはその場で目を閉じ、マーサとの出来事とを想い出した。
すがりついてイクとこ見られた。
あたしの彫像に興奮してくれた。
そして…… ああ、あたしを嵌めたおしおきで、自分もこうなると知っていたんだ……
マーサの石色の肌の火照りは、あたしも味わった連続寸止めの火照り……
あたしは靴が濡れるのもかまわず噴水に入り、台座の傍まで寄った。
そして天に向かって開かれたマーサの性器の、誇らしげに屹立する石色のクリトリスにねっとりと口づけをし、右手は服の上から自分自身の股間に沿わせた。
あたしの舌に反応して、水が表面を濡らすマーサの性器が熱くなって微かに震えた。
想い出だけで、今この場でもう充分すぎるほど極みまで近付いていたあたしは、マーサへのお別れと感謝の言葉の代りに、その場で目も眩むほどイッた。
「おはやく!」
御者にせかされ、そっと噴水を離れると、馬車に乗って家へと向かった。
*****
その後、あたしは勉強しなおして、奨学生として医者の学校に進み、医師となった。
あのお給金を基にして恵まれない人のための小さな病院を作った。
ペンダントは今もあたしの胸にある。
中に封入された、あの紅玉色の触手の元結晶と共に。
(終)