アイツの隠し事を暴くのじゃ
で、ある日のこと。
「ねーアイスとかないのー?」
宿題終って良一のベッドに仰向けになり、制服のスカートをバッサバッサと煽りながら我がまま放題リクエスト。
「ない。昨日の夜に俺が食べたのが最後」
「えー? ちぇー、アイスー、ねぇアイスー」
「うるさいなぁ。ちょうどシャーペンの芯が切れてたから、コンビニ行って、ついでにアイスも買ってくるよ」
「おお?! いいの? ふふーん、マメ男くんはモテるぜぇ」
「うっさい」
良一が出て行った。
ネタ決行のチャンス到来ー!
いつも点けっぱになってる良一のPCの前に座り、まずはデスクトップをチェック。
何よー、表計算とかワープロとか、マジメソフトのショートカットばっかりじゃない。
こうなったら怪しいのは外付けのネットワークドライブね。
うっげー!
階層深いフォルダが死ぬほど並んでいて、一つ一つ開けてらんない!
ラッキョウかよ。
こ、これ、プロテクトのつもり?
なら、拡張子で検索したら一発かも。
「.jpg」……と、えいっ!
うわあぁ、家族写真がどっさり。
どんどんリストアップされるけど、ヤバそうな写真がヒットするまで相当時間かかりそう。
だめだ、中止。
あーもう良一がコンビニに着いた頃だ。
早くしないと戻って来ちゃうよう。
普段面白画像とか良く集めてるから、絶対ショートカットがあるはずなんだけどなぁ。
私ならデスクトップに置くけどなぁ。
スタートメニューにも無い。
ところで、コイツワープロで何書いてるんだ?
まさか地理のレポートをもう既に黙々と仕上げてるのか?
Wordの履歴見てやれ。
私にレポート見せないなんて許さん。
えい!
あ! これ、名前とアイコンが偽装だ!
ワープロなんて嘘っぱち。
これがビンゴだったんだ。
うわぁ、ネットワークドライブのとんでもなく深い階層にリンク。
しかも古いのはzipにしてるから、jpgやmpgでは引っ掛からないんだ。
圧縮して無いお気に入りっぽいやつだけでも、出るわ出るわ、何これ? ボンデージ画像が殆どじゃない!
……
ちょっと待って、どうして同じ場所に私の写真があるわけ?
あ、去年の夏の水着のやつ。
ホテルのプールのだ。
撮られた時は家族と一緒だったし、小さい時から撮ったり撮られたりしてたから、別に良一が私の水着写真持ってたって大して気にしないんだけど。
でも、少し大胆な紐ビキニだったから、こうして客観的に見せられるとちょっと恥ずかしいな。
げぇ、アップで見ると肩紐が半回転捩れてるし、右の腰の紐がズリ上がっててサポーターのサイドが丸見え。
やだなーもー。
上手く撮れていて、悪い気はしないけどさ。
それにしてもこの大量のボンデージ画像は何よ!
私の写真、これと同列なわけ?
この『同列?』という事に思い当たった瞬間、何とも言えないチクリとした軽い痛みが、私の心臓を突き刺した。
それは無視すれば無視できるごく軽い痛みだったけど、私にとっては説明不能の未知の痛みだった。
カチカチとクリックして次々とボンデージ写真を見る。
どれも局部をモロに出しているわけではないので、見ちゃいけない画像ではない。
それどころか、このラバーっぽいのを着ている画像なんて、肌の露出はほぼゼロだ。
その上にガスマスクまで被っているので、顔さえもわからない。
次々と見て行くと、全体的に卑猥な感じはなく、同性から見てもカッコイイと思う画像もたくさんある。
でもやっぱり脳髄がチリチリ刺激されて、マウスを握る手にじっとりと汗が滲む。
ある画像で指が止まる。
手枷や足枷を嵌められている画像も多かったけれど、それらは何となく有りがちに見えた。
でも、これはちょっと違った。
これ……
この革の服……
手の部分が丸まっていて、自分ではこの服を着ることも脱ぐことも出来ない……
そしてまたその女性の、眼を伏せて全てを委ねる表情が、私の心臓をキュッと締め付けた。
なぜかその女性の心が、その革の服に袖を通す時の気持ちが、たった今恐ろしく明瞭に私の心とシンクロしたのだ。
普段何気なく上げ下げしているジッパーすら、別に鍵が掛かる構造になっているわけでもないただのベルトですら、眼を伏せ、身を委ねて、誰かの手で上げたり締めたりしてもらわなければならない。
自分がその立場になり、その服の中に封じ込められる瞬間を想像してしまった。
―― ドクン ――
突如、それまでの私の人生で経験したこともないような激しい興奮に襲われた。
耳の後ろが熱くなり、心臓がバクバク言い始めた。
喉が急に乾き、ネットリとした唾液の塊が呑み込めない。
その時。
「あーーっ!!」
聞いたこともない良一のトーンの高い悲鳴が背後から聞こえ、私も反射的に大声を上げた。
「ギャーーーッ!!」
「何してんだよ!」
「あわわわわ!」
ここで淳子にヒントもらったイタズラネタの予定通り、良一を笑ってやんなきゃなんないのに、自分の頭がどうにかなっちゃってて言葉が出てこない。
「やっ、やーい、こここっ、こんなエッチな、がっ、画ぞお、ばっか集めて、はっずかしーーい……」
「……あのさ、陽子の方がよっぽど恥ずかしそうだけど……?」
「ひぃッ! ち、ちがッ!」
私は言い訳する方法も手段も全て失って、良一を突き飛ばすような勢いで部屋を飛び出した。
「あっ、おい! アイスは?」
「バカァ!」
良一のクソ呑気な質問に対する憤りで、半分泣きながら怒鳴って家に逃げ帰った。
制服のまま、今度は自分のベッドに突っ伏して、焼けるように熱い耳がクールダウンするのを待った。
バカバカバカバカ!
何やってんだ私は!
落ち着いて作戦練り直して、今度こそ絶対ぎゃふんと言わせてやる。
しばらくしてむっくりと起き上がり、下着に激しい違和感を覚えた。
下着は重く湿り、さっきの私の興奮が何処から来たのかを嫌というほど私に思い知らせていた。
女友達との会話で、もちろんソッチ方面の話題も出るわけだけど、こんな歳まで何もかも未経験の私は、自分で慰めるまでにも至らない。
自慰に対する元からの性格的な後ろめたさというものがあり、自慰の必要性がその後ろめたさを超えたことがないのだ。
信じられないって言う子もいるけど、運動能力や勉強能力と同じく、ソノ行為への関わりの深さには、個体差というか、大きなバラツキがあるのだろう。
エッチに興味が無い訳じゃない。
むしろ憧れてすらいる。
だからこそ、私は私なりに彼氏だって作ろうと努力してきたんだ。
全敗だけど。
興味も感覚も無いなら本当に異常かも知れないけど、興味も感覚もあるけど、自分でする行為の前に何かの壁がある。
それは今はその前で留まることが苦痛ではなく、いずれ大人になれば消失するのだろう程度に考えている壁。
それを早く超えて楽しんでいる子もいれば、そのために苦しむ子もいて、そして私はまだそのどちらでもないだけ。
暗い気分で部屋着に着替え、替えの下着を持って風呂場で下だけ流して穿き替えた。