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  収束と回帰  







§§ 収束と回帰 §§

 気づくと、絽以と抱き合って一枚の毛布の下で寝ていた。
 身体を離し、ゆっくりと起き上がり、シャワー室へ行く。

 アハハ、しばらくは本当にガニ股になっちゃうのね。

 贅沢にもたっぷりお湯を出させてもらい、体の隅々まで洗い上げた。
 ここまで体を洗えたのって、調教されるより前だ。

 髪をタオルで巻き、絽以用のバスローブを勝手に借りて、窓に近い所に椅子を置き、ぼんやり外を見る。

 処女の時の、あの渇望感に似た淫らな気持ちは消え、なんていうか、本当のおとなのエッチな気分を理解したように思った。
 もしまた淫具を挿入されて貞操帯を嵌められても、力は使えなくされてしまうかもしれないが、誰かの命令と引き換えに行動するという気分にはならないだろう。

 窓から中庭が見下ろせる。
 石を並べた箱庭のようなものが見える。
 ちょっといたずらしてやれ。
 長い石が突っ立っているのをじっと睨み、うーーんと念じる。
 石に斜めに亀裂が入り、そのままズズーーンと倒れた。

 ヤバ!

 本当にあっさり力が使えるようになってる。
 早くお母さんに正しい使い方を習わないと大変だ。

 それにしてもソワソワと落ち着かない。
 なんか股間がスースーするし、ピアスがブラブラしてやなかんじ。

 ―― コンコン ――

「はーい」
 ニルさんが入って来た。
 おっと絽以は裸のまま寝てるんだっけ。
 毛布を引っ張って、絽以に掛けてやる。

「あの、お済みになりました?」
「え? ……あっ! はい……」
 真っ赤になって俯く。
「先に言ってしまうと、王様、お后様ともご存じです」
「そんな! ……あーーっ! あの時、相談してた!」
「そうです。あの器具を外すと、こうなってしまうことはわかっていましたので……」
「そうですか。でもおかげで絽以にあげることができました」
「では、もう力は完全に姫様のものですね? 安心しました」
「いまチラッと試したら、中庭の石を真っ二つにしちゃいました」
「アハハそれで騒ぎになってるんですね。そうそう、貞操帯や手枷足枷に首輪ですが、また資料庫に戻して宜しいでしょうか」

 きゅううぅぅぅぅぅん!

「なっ! あの…… なんでわざわざ私に断るんですか?」
「ピアスは姫様が着けたままになりますので、押さえるためにあるいは必要かと」
「あ! そ、そうです! それが無いと! ココのがピアスがブラブラして! 痛くって!」
「そうですね。ではその他の首輪などは……」
「あ! えっと、貞操帯だけってヘンじゃないですか?」
「そうですか?」
 ニルさんはもう吹き出す直前といったところだ。
「へっ! ヘンですよ! だから! 他のも!」
「……お着けになるのですね? はいはい。 お手伝いしましょうか?」
「あの、おね、おねがい、します」
「はいはい」

 私にブーツ履かせると、足枷を嵌め、手枷と首輪も嵌めてくれた。
「はふっ……」
 これ履かされると爪先立ちに近くなって、本当に不便に感じるのに、足首がキュッと締められるとゾクゾク感じちゃうのは何故だろう。
 首輪だって奴隷や所有物の証なのに、嵌められると、なんでこんなにホッとするんだろう。

「このお姿、素敵です。さ、貞操帯ですよ」
 もうトロトロ蜜を吐いてる股間に、ビラビラを拘束するスリットを密着させ、ピアスを窪みに嵌めて固定した。
 そしてお尻のパーツを密着させ、背中側から回した左右の腰ベルトを正面のロック機構に差し込んで、鍵を3回まわすと、貞操帯は私の股間をみっちりと覆い、完全に固定された。
 男の人はフンドシをキリッと締めると気合が入るということを読んだが、私の場合は密着する貞操帯が限りない安心感を与えてくれる。

「また、ワンピースお召しになるのですか?」
「ニルさんたちが着てたエナメルのビキニって、こっち製ですか?」
「そうです」
「あれって、まだ残ってます?」
「ありますよ、手配させましょうか?」
「おねがいします」

 しばらくしたらニルさんがエナメルっぽい素材のビキニを持って来たのでそれを着けた。
 うん、乳首のピアスも固定されるし、お尻の穴も隠れるし、これならそのまま外に出てもOK?

「鍵束、ここに置いておきますね。なくさないように注意してくださいね」
「ありがとう」
 早速、細いチェーンを通して首から掛けた。

 髪の毛をポニーテールにして、また窓辺の椅子に座った。


 しばらくしたら、絽以が起きた。

「ふあー! おお腰が痛てぇ」
「情けないなぁ」
「ヘヘヘ、方向とかいろいろ気を遣ったからな」
「そ、それはありがとお……」
 私は真っ赤になる。

「お前、まだその格好?」
「す! 好きなんだもん! いいじゃん」
「よく彼女がビキニ着るのを止めるヤツいるじゃん。でも俺は止めないよ? 目の保養になるしな。 うんうん、ブラはいいぞ。タレると困る」
「バッカ」
「あたし、部屋に戻るね」
「おう。俺、もうちょっと寝る」

 部屋に戻ると、お父さんとお母さんが複雑な目で私を見る。
「あー、なんだ。 その、良かったな。 おめでとう」
「すぐに慣れるわよ〜」
 お母さんのコメント、カルすぎ。
 そうだよなぁ〜
 ニルさんのおかげでモロバレなんだよなぁ。

 なにか自分でも言いたかったけど、どうしてもうまくまとめられなかったので、無言のまま自室に入った。

 机のキズや、クローゼットの色の禿げ具合までほぼ当時のままだ。
 しかしなつかしさはあるものの、やはり妙によそよそしくて落ち着かない。
 しばらくベッドでボーッとしてから、やっぱりまた居間に戻った。

「ねぇ、いずれあっちに戻るんだよね?」
「ああ、もちろんそのつもりだ。それまで遊んでおいで。まだ夏休みだから時間は充分だろ?」
「そ、そうだね、あっちは夏休みだもんね」
 どうにも何かが腑に落ちない。

 しばらくしたら、絽以が支度を整えてこっちへ来た。

「おう、また出かけようぜ」
「うん。 今日はもうサインでも何でもしまくる気だから、堂々と行くわよ」
「サインて何だ?」
「うーん、なんかあたし、アイドルみたいになってるのよ。まぁ期間限定だから、抗わずにサービスしてんの」

「おお? そうか。じゃぁ私にもシャツ買って来てサインしてくれ」
「あ! な! た!」

 外に出てみると、城門までの間の庭園が騒がしかった。
「ドウシタノ?」
「自殺です。 ベテランの従者なんですが……」
 見ると、あの私を蔑んだ目で世話したおばさんだ。
「服毒のようですな。なにも中庭でやらなくとも……」
「ドイテ!!」
 破壊・消去・除去系は得意だ。
 顔色を見ると、推理小説に出てくる青酸カリの反応そっくり。
 工業で使うからこっちの世界でも手に入り易いのかも。
 毒の種類がわかればこっちのものだ。
 ヘモグロビンと結びつくんだっけ。

 うーーーーーん!

 顔の赤みが薄らぎ、呼吸が落ち着いた。

「タクサンミズヲノマセテ、オシッコダサセテ。ドクヲダサセテクダサイ」
「おおおおおお!!! 信じられん! 私、あの議場で低気圧の話を聞きましたが、この目で見たわけではないので信じられませんでした。しかしこうして目の当りに見るとすごいですな!」
「ドウモ……」
 こうやってだんだん頼るようになっちゃうんだね、きっと。
 でも役に立って良かった。

 騒ぎの環から離れて、また絽以と2人であの丘を目指す。

 今日は握手やサインをこなしながら、店を見て回る余裕がある。
 むこうに戻っても記念になるような、シャツや服やスカーフを買った。
 まるで観光客だね。


 ロイとまた丘で佇む。

「ねぇ、戻ったらちょうど新学期だね。何事もなかったように学校にも戻れるのかな」
「そうだな。こっちものどかで好きだけど、慣れた生活の方が俺らには合ってるかもな」

 その瞬間、さっきから胸につかえていたものを、何の脈絡もなくフッと思いついた。

「休みギリギリまでこっちにいたら、いっぱい溜まっちゃうね……」

 無意識に口から出た言葉なので、何のことを自分で言おうとしたのか一瞬逡巡した。

「……」
「……」

 絽以も私も、ここまで出かかってるのに出ない。

「宿題!!」

 二人で大声でハモったあと、顔を見合わせて二人で丘を駆け降りた。




§§ アナムネと地球1 §§

「血相変えてどうした?」
「お父さん! 大変! 宿題がごっそり残ってるの!」
「ああ、そうか。それは私たちも迂闊だったなぁ。でも調書のサインが必要だから、せめて明日までは居てもらわないと」
「うん、明日であたしの用が済むなら宿題充分間に合うよ。あーあ、今日は何しようかなぁ。そうだ、図書館ってあるの?」
「ああ、だが読めるのか?」
「お父さん……は付き合えないか」
「すまんな。お母さんも無理だぞ」
「やっぱニルさんかなぁ。絽以は役に立たないし」

 ニルさんは、お父さんの配慮で王宮の客間にいる。

「ニルさん、います?」
「はーい、あ、姫様」
 ニルさんはいつも通りのエナメルビキニを着て、オーバーニーのブーツを履いているので、私とお揃いになった。
 私が真似したんだけど。
「王宮の書庫につきあってもらえます?」
「いいですよ」

 業務用のエレベーターで地下書庫まで下りる。
 書庫の様式まで地球のものと酷似している。

「何をお調べになりたいのですか?」
「うーんと、歴史みたいなものです」
「ある程度なら私でもわかりますけど」
「なんでアナムネって地球そっくりなんですか?」
「そのへんは私も詳しくは知りません。ちょっと探して見ましょうか」

 ニルさんが埃にまみれて本を物色しているあいだ、私は手近にある雑誌のようなものを冷やかしで開く。
 なんかエッチな図解がいっぱいの本。
 こんなもん書庫に置くなーーッ!

「姫様だいたいわかりましたよ。何見てるんですか?」
「ひっ! あわわわ!」
「ええとですね、宇宙発生の時点から、地球とアナムネは非常に似た環境で出来上がった星らしいです。大規模な雷や地震などの自然現象によって次元の裂け目のようなものが出来ると、一番似通った場所が交通するようです」
「ふーん、そんなことが現実にあるんですね」
「それも一方的に地球からアナムネへの移動が多いようですね。それは太古の時代から。つまりアメーバの時代から始まり、地球の断片が幾度となくアナムネへコピーされてきたようです」
「ふーん」
「アナムネは一星一国、この大陸以外は全部海ですから、航空機はほとんど発達していません。また調査と漁以外に航海する意味がないので、湖や川以外での船も発達していません。ですから、この大陸以外で何が起きているかは殆ど知られていません。またあまり興味もないようですね。地球側からの転移先が海だった場合、そのまま沈んでしまったようです」
「一星一国かぁ、だからみんなのんびりしてるんですね」
「そうかもしれません。ただこぢんまりしているなりにも、戦はそれなりにあったようです」
「お父さんの説明にもあったなぁ。そんな中でもおじさまの考えって、やっぱり悪辣だったんですね」
「申し訳ありません……」
「ニルさんは悪くないですよ。小さい時からおじさまに仕えて来たんだから仕方ないですよ。それでも私を助けてくれたんだから」
「はい……」
「近親者同士の結婚って、やっぱりもうやめたほうがいいなぁ。時々ヘンな人が出るって言いますよね。あたしと絽以で最後かな。どうせ王政も廃止だし」
「姫様とロイ様なら問題になるほど近親者ではないと思います」
「そうなんだ。よかった〜」
 って、もう結婚を勝手に語っていいのか? 私。



§§ アナムネと地球2 §§

「アナムネは地球のコピーとして緩やかに文明が発達してきました。そして時々の転移によってもたらされた知識により、ちょっとずつ加速されて差が埋まり、こちらはちょうど中世あたりまで来ているのです」
「結局あたしも絽以もニルさんも、元を正せば地球人ってわけですね。でもなんでイギリス風なんでしょう」
「良くはわかりませんが、その時期のイギリスで大規模な転移があったのではないかと」
「なるほど」
「近代でも転移はあるようですが、この国に現存する材料でいきなり携帯を作れと言われてもレアメタルの精製など無理ですから、モーター、電球など、原理が素朴なものだけ実用化されているようです」
「ありがとうニルさん。すごく良くわかりました」
「いえ、私も勉強になりました」
「じゃぁあの転送装置って、特に指定しない限り、作動するとほぼ必ず地球へ行くわけですね」
「そのようですね。地球以外の場所を設定するのはまだ研究中のようです。現在までに完成された技術は、出口をきちんと設けるということと、記憶に影響を与えず生物をちゃんと送る、ということらしいです」
「あたしと絽以はぎりぎり間に合わなかったんですね」
「そうです。受け手側の問題だったようです。姫様とロイ様の転送の結果から得られた情報で装置が修正され、その直後の王様がたはちゃんと転送できたのです」
「悔しいなぁ、ちゃんと転送できていたら、あたしも不自由なくこっちで会話できたのにぃ」
「そうですね。あと、こちらからお帰りになる時はロイ様のお住いへ出られた方がいいでしょう。コメドゥ様のお屋敷はもう電話も電気も止まっていますし、車の契約も切れているでしょうから」
「おじさまって転送装置をどうやって地球に持ち込んだの?」
「もともと転移は暴力的なものですから、転送先を指定しなければ、出口装置が無くても転送できるのです。そういった転移の場合は記憶が無くならないので不思議です。わざわざ出口を作ったら記憶がトブようになったようです」
「工夫しすぎたのかしら」
「実際そうだったようですよ。なにかプロセスを1つ省いたら、ちゃんと記憶を残したまま出て来るようになったそうです」
「あたしら実験台だぁ」
「そんなこと言ってはいけません。当時敵の立場にいた私が言うとおこがましいのですが、王様たちはそれほど必死だったのです」
「うん…… そうですね……」
「コメドゥ様は出口を指定しないようにして、急作りの小型転送装置そのものをここの地下にある装置で転送させたのです。私達と一緒に…… あのお屋敷にあったものがそうです」
「なるほど。でもニルさんたちと一緒って……」
「転送当時、私もゆーちゃんも8歳ですから、体が小さく、コメドゥ様や装置本体と同時に転送できたのです」
「そんな! そんな小さい時に連れて行かれたなんて……!」
「最初に着いたのはフランスのドーバー海峡に近い村です。たまたま農家に拾われたのですが、その主が地下に調教室を作るほどの人で、そこで色々習いました」
「習ったって…… 当時の齢でですか?」
「はい……」
「うわあぁあ、現地ではどうか知りませんが、犯罪ですよぉ、それは」
「他にどうしようもありませんでしたから。それに、犯罪ではありませんよ。調教のことは一通り習いましたが、私は今でも処女ですから」

 ―― ガタン! ――

「ま! マジですか?!」
「だって、ずっとコメドゥ様にお仕えしたっきりで、コメドゥ様はあっちは全く機能しない方でしたから。そりゃぁ、ゆーちゃんとはさんざんエッチなことしましたけど、お互い処女を奪い合うほどディルドーで繋がることにも興味ありませんでしたし。まぁ、お尻の方は姫様を調教するための実験でイロイロしましたけどもね」
「ってことは、ユックさんも……?」
「そうです」
「うわぁあ!!」
「私達の話はもう……いいでしょう?」
 ニルさんが真っ赤になったの初めて見た。
 私の中で筒形のディルドーを組み立てる時の、あの繊細な指遣いのわけがわかったような気がして、胸が熱くなった。

「それで、おじさまも農園で汗水垂らして働いたんですね。ちょっと感心するなぁ」
「いえ、宝石をたくさん持ち込みましたから、それを売りました」
「なーんだ」
「それから2、3年して姫様たちの居場所を見つけ、日本へ越して来たのです。姫様が覚醒される年までまだ何年もありましたから、その間ずっと準備に費やしていました」
「なるほど、お金があれば何でもでますからね」

「私の今までの人生の殆どを費やして準備してきたのに、こんな結末になってしまって……」
「まるで私が助けない方が良かったような言い方ですね」
「すみません、そうではないんです。本当はコメドゥ様には無茶なこと諦めて、皆と仲良く楽しく暮らして欲しかった……」
 ニルさんは泣き出しそうだった。
 私はまた胸がいっぱいになった。
「……あたし、ニルさんたちに出会えて本当に良かった。いい人って言うのは育った環境には影響されないんですね」
「ありがとうございます、姫様。そのことについてはアナムネの現行政府の方々にも好意的に解釈していただいて大変嬉しいです。私もゆーちゃんも反逆者として処分されても仕方の無い身ですから」
「これからどうするつもりですか?」
「こちらには居場所がありませんから、地球で暮らします」
「やったぁ」
「最初のうちは姫様のお宅にもご厄介になると思いますので、宜しくお願いします」
「うんうん、大歓迎ですよ」
「さぁ、そろそろ上に戻りましょうか」
「はい」
 埃臭い本を元に戻し、書庫を後にした。

 ニルさんの秘密もちょっと知ってしまい、ますます親近感が増した。
 上りのエレベーターの中で、親しみを込めてニルさんを覗き込もうとしたが、少し寂しそうな表情が気になってやめた。





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