恐怖の王女

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 アームザックはそのままに、逃げるように城内へ入り、本来ならロッドシールが座っているはずの領主の椅子に私が腰かけた。
 その前に長老たちやティアちゃんが控える。

「姫様、此度のご活躍、誠に素晴らしいものでござった。国民を代表しまして御礼申し上げまする。ま、最後がの……」
「言わないでぇ…… しょうがないじゃん! 快感我慢してティアちゃん救ったんだよ? そのツケなんだからぁ」
「姫様、最後はともかく、頑なに独立を拒否なさった御意志の強さは充分評価に値すると思います」
「ティアルスの言う通りじゃ。あそこで姫が折れていたら、もうそこで全てが終わっていたからのう」

「そうだ! ロッドシールは?」
「……もう、あのままじゃろ。王国に弓引いた報いじゃ。王国というより、姫様に、じゃな。手元に置いて飼いならすには凶暴すぎた……と」
「きょ、凶暴ってなによ!」
「この床が傾いておるのは……げふん……」
「うう……反論できまっしぇーん……」

「ロッドシール公は病気ということで処理すれば宜しいでしょう。戦車隊の女たちの首輪は、今全部解錠させています。ロッドシールの入れたディルドーも外させています」
「あたしのも抜いて……」
「後ほど」
「えー?」
「今ここで、皆の前で抜きますか?」
「うう……あとでいいです……」

 勢いで本当に城を真っ二つにしちゃったけど、死者もけが人も居なかった。
 一応、人の居なさそうなところ狙ったつもりだったけど。
 尖塔は今は使われてないのなんとなくわかってたし、城も内部の壁沿いを狙ったから、壁に寄り掛かってる不幸者がいない限りは大丈夫だと思ってた。
 一瞬でそこまで考えたあたしってエラーイ。

 ……すみません。単なる不幸中の幸いってだけです……

 結局城は危険なので、通いで登城している城下に自宅のある者は帰宅させた。
 他は崩れた場所から離れたところで片づけを続けさせた。

「姫様、おじいさまから御身の鍵を預かって参りました。湯殿は無事のようなので、お入りになりますか?」

 この時の私の顔はギャグ漫画のデフォルメ以上にウルウルの瞳を輝かせてティアちゃんを見つめていたことだろう。

 配管だか樋(とい)だかが破壊されたのか、もう湯は止まっている。
 残った湯と言っても、湯船がプールほどの大きさあるので、最後に身体を流すのには充分だ。

「ね、国宝の枷の鍵も?」
「ええ、おじいさまは一応持って来ていたので」
「だったらナイショでディルドー固定してくれても良かったのに。そうすればもっと早く解決したよ?」
「どのタイミングでですか? 全員監視されていたので無理です。それに、それこそロッドシール公も一番神経を尖らせていた事項でしょうから」
「そう言われるとそうだね。結局途中までは駆け引きの連続だったからね」
「むしろロッドシール公が暴挙に出なければ、ずっと危機一髪のままでしたでしょうね」
 ティアちゃんは喋りながら私のアームザックを取り、お尻のディルドーを固定しているベルトを外した。
「んぁっ!」
 汚い茶色に変色したロッドシールの精液の残りが、ボトボトと湯殿の床に垂れた。
「やああぁ」
「こんなもの、流してしまいましょうね」
 ティアちゃんはまだ革スーツのまま、手桶でそれをザバザバ流し、私のお尻を清めてくれた。

 複雑に締め上げられたベルトを外し、私の革スーツを脱がせ、やっと外せる状態になった私の殺人首輪を外し、もとからブーツの上に嵌められている私の国宝の金の足枷を外して、ブーツのジッパーを下げた。
 すごい臭いが上ってきた。
「くっ! ごめん……」
「いえ……私も脱げばきっと同じです」
 革スーツの臭さもさることながら、王城を出る時からずっと履き続けのブーツはすごいことになっていた。
 ただ、ゴムとは違い、革は僅かに水蒸気の通過があるので、長期着用してもゴムほど蒸れてぐちょぐちょにはなってない。
 一層ペロリと剥けそうなほどの垢がものすごい。
 代謝して押し出された上皮が、そのままスーツに押し付けられていった、というような状態だ。

「あははははは」
 笑いしか出ない。
 足を抜いて湯殿に素足で立つと、自分の垢のヌメリで転びそうだった。

「そのままお待ち下さい」
 私は久々の全裸に国宝の首輪、貞操帯、手枷という状態のまま突っ立っていて、ティアちゃんは自分の革スーツを脱ぐと、ちょっと恥じらってからお尻のディルドーを抜き、私の着ていたものと合わせて全部まとめて一旦湯殿を出た。

 えー?
 ティアちゃん、あんまり垢だらけじゃなかったみたい。
 それに、あのディルドー、細いよね?
 完璧にロッドシールの言う通りにさせられてたのって、あたしだけ?
 他の子たちもティアちゃん程度の扱いなんだろうか。
 そうだとすると、ロッドシールもちゃんと女の子にそれなりに気を遣ってたってこと?
 そんな状況でここまでされてたあたしって……
 うう、いっつもあたしだけ特別扱い。

 まあいいか。


「お待たせしました」
 さっきの戦車隊服なんかをどこかへ預けてきたのか、ティアちゃんはすぐに戻ってきた。

 完全に裸のティアちゃんにざぶざぶお湯を掛けて流してあげた。

「ひゃ! 姫様、姫様がお先にどう……  う!!」
「どうしたの?」
「……姫様、申し上げにくいのですが、姫様しばらくは香を切らさぬようにされた方が宜しいかと」
「なんで? あ!!」
 やっとそこで、自分がどんな風に改造されそうになってたか、改めて思い出した。
「……精液……臭い……?」
「……はい……」
 桶を掴んだまま、湯殿の床でガックリ。
「やっぱり……」
「……ロイ様に……ロイ様にしていただけば良いではありませんか」
「そだね。 あんのやろう、今回はなーにもしないで、安寧に留守番してんだろな」
「そんな風におっしゃってはいけません。きっとご心配なさってます」
「まあ、そうかもね。 ま、いいや! とにかく外側だけでもキレイに洗っちゃお!?」
「はい」

 あかすり用の布があったので、これ幸いとせっけんも付けずにゴシゴシ。
 出るわ出るわ出るわ出るわ出るわ出るわ出るわ出るわ出るわ出るわ出るわ出るわ出るわ、すごい量の垢。
 それを流してから、せっけんつけてゴシゴシ洗った。
 首輪や手枷は一旦外して洗い、貞操帯の下も念入りに洗った。

 髪の毛なんて、油分と汗がすごすぎて、3回せっけん付けても泡立たない。

 ま、今までもっとひどいこともされたから、こんなのは私の日常ですけどね。

 とにかく全身ピカピカにして、やっと湯船に浸かった。

「はーーーー〜〜〜〜。 やっと生き返った気分」
「そうですね」
「帰りはどうなんのかなぁ。またあの惨めな箱詰めかしら」
「一応、お履物はきれいに整えるように申し付けておきましたが」
「あ、さっきの、それ? うわ、助かる〜 少なくとも国宝の足枷はあのブーツ用のしか持ってきてないからね」
「幸い作りが良いのか、あれだけ酷使したにもかかわらず、ブーツは殆ど痛んでいない様子でした」
「良かった」

 しばらく湯に浸かっていると、ティアちゃんが脱衣所の方をチラチラと気にしている。
「どうしたの?」
「いえ、なんでも」
 気持ちがほぐれて少し眠くなってきたところで、脱衣所の方でカタンと音がした。

「さ、お支度が出来たようです。上がりましょう」
「うん」
 準備されたバスローブのようなものを羽織り、頭にタオルを巻いて湯殿を出た。


 脱衣所に戻るとあの戦車隊の黒革スーツと、さっき言ってたブーツがそのまんま置いてあった。
「あれ? これしか無いけど」
「それをお召し下さい」
「ちょ!うそでしょ?! またこれ? なんで?」
「ちゃんと洗浄させました。 全頭マスクはもう結構ですから」
「ティアちゃん答えになってないよ! なんでもいいから簡単なドレスくらい無いの?」
「はい」
「そんなぁ!」
「私も同じですよ。ほら」
 ティアちゃんも同じ黒革スーツが置いてあるだけだった。

「えーーー?」

 呆然とする私をよそに、ティアちゃんはついさっきまで着ていた黒革の戦車隊スーツのブーツ部に足を通した。
「あ! ちゃんとパウダーしてありますよ? うふふ、風呂上がりでもするっと入ります」
「嬉しくないよ!」
「クンクン、表面もミンクオイルか何かできちんとメンテナンスしてありますね。私のはずっとボロボロのままでしたから嬉しいです」
「嬉しくないってば」
 ティアちゃんは慣れた手つきでジッパーを上げ、ベルトを器用に締め込むと、股を覆うT字のベルトを締め込んだ。
「はぁ、ディルドー無いと楽ですねぇ」
「もう、ティアちゃあん! そんなお気楽なぁ」
「はい、お待たせしました、姫様どうぞ」
 ブーツを開いて私の前に差し出す。
「ちぇー」
 私はしぶしぶその履き慣れた空間に足を差し込む。

 私は信じられないくらい素足でいる時間が短いので、私にとっては王女としての枷も同然のその空間に足を戻すと、不本意ながらホッとする。
 風呂上がりの素っ裸にバスローブだけのまま、足だけそのまま戦場に出られそうなブーツ姿になった。

 ティアちゃんが国宝の足枷を持って来て、その足首に左右とも嵌める。
 ここで止めたって、王城でのいつもの私のカッコだ。
 そのままの格好で城下までうろついてるから、べつにこのままでもいいんだけど。

「はい」
 戦車隊スーツを拡げてティアちゃんがにっこり笑う。
「着ておいた方が良いですよ。それに必要もなく皆に胸を晒す必要もないでしょう」
「それはそうだけど……」
 しぶしぶ着込む。
 たしかに新品のようにサラッとしてるけど、革の馴染みはさっきまで着てたスーツそのものだ。
 全く同寸でも新品だと関節部の曲げとか全然硬いから。
 よく見るとティアちゃんのも私のも、あの殺人首輪を内包する膨らみが無くなっている。
「これって、どうやったの?」
「ああ、ここはロッドシール公の趣味を満たすために革工房が非常に優れているのです。ですからメンテナンスや再加工は短時間でできるのです。工房の職人も命懸けですから手は早くて正確です」
「うわ、そんなことで命懸けになっちゃうなんて…… ロッドシールめ」
「おかげでノウハウはすごいですよ」
「そりゃそうだろうけどさ」
「ベルト、締めますよ」
「うん」
 手慣れたティアちゃんの手で細かい調節ベルトが締め込まれる。
「ふっ……」
 甘い息が出る。
 最後に股間のベルトが戻された。
「やっぱりディルドー無いと楽だね」
「最後に香油を……」
 頭を下げさせられ、頭皮にゴシゴシと塗り込まれた。
 柑橘系の良い香り。
「本当はお身体にも塗りたいのですが、革が痛むので」
「まあ、身体は覆われてるから、そんなに臭わないでしょ」
「はい」

 香油の塗られた、まだ濡れてる髪にタオルを巻き直し、ティアちゃんと二人で領主の席のある広間に戻った。


「ホッホッホ。少しはさっぱりされましたかな? ……う!!」
 私はどよーんとイヤな顔をして長老を見る。
「言わなくてもいーわよ。わーってるから」
「……も、申し訳ござらん。それはまさか……」
「そうよ、ロッドシールの精液の臭いよ。当分抜けないって覚悟してるわよ」
「むむむ、心中お察し申し上げまする。パンとスープを用意させました故、早う召し上がって押し出されるが宜しい」
「やった! まともな食事!」
「ホッホッホ。慌てると喉に詰まりますぞ」
「あのねぇ、たぶんあたしの喉って、今ではアナムネ一広いはずですよ。詰まるわけないでしょ」

 その場を囲む護衛の兵士や、給仕してくれる侍従・侍女の表情が恐ろしく硬い。
 皆、目に恐怖の色が宿っている。
 そりゃそうだ。
 殺人首輪なんてのを操るヤツだから、ロッドシール自身も相当な恐怖政治をしていたはずなのに、その恐怖の根源のロッドシールを発狂させたばかりか、城までブッ壊す化物王女が目の前に居るんだから。
 なにか粗相でもあって、その目で睨まれでもしたら真っ二つか粉々にされて即死だ、と皆思っているんだろう。
 さっきも例えたけど、本物のメデューサが目の前に居るような気分のはず。

 急場のためか、それとも私が食堂とか壊しちゃったのか、広間に臨時に置かれたテーブルの上に食事が並べられている。
 今までと大して変わらない全身黒づくめの姿でギシギシと席に着く。
「同席なんて畏れ多いのですが……」
 といいながらティアちゃんも向かいの席に着いた。

 私の右脇に置かれたグラスに、震えるビンの口がそーっと伸びてきて、コポコポと真っ赤なワインが注がれた。
「あ、ごめんなさい、あたし飲めないから……」
「ギヒイイイイイイッ!!!」
 やんわり辞退しようと右を向いたら、給仕の若い男の子が死にそうに顔を歪めて飛び退(の)いた。
「ヒイッ! ヒイッ! おたすけ! お助け下さいッ!!」
 ワインのボトルを抱えたまま尻餅をついて、ものすごい形相で命乞いをする。
 周りの人達は、今にもこの哀れな青年が木っ端微塵の赤い霧にされてしまうと思って、目を伏せ顔を背けている。
 私は済まなそうな顔をして一度椅子から立ち上がって、広間の皆に向かって言った。

「あのー、えーと、このような事態を招いたのは、私の不徳の致すところで大変申し訳ないと思ってるんですけどー、とりあえず皆さんもうちょっと気楽にしててもらっても大丈夫だと思うんですけど……」
「おっ、仰せのっ、通りに……」
 侍従長と思しき年配の人が済まなそうに返事をする。
 私は諦めたように目を伏せて椅子に腰を落とした。
「はー、だめか」

 視線を目の前のスープに移すと、とりあえず今だけ幸せな気分に切り替わった。
「あ・あ・あ・なんだか泣けてくる〜 まともな食事って久しぶりすぎる〜 いっただっきまあっす!」
 スープをスプーンにガバンと掬(すく)って、スプーンの先ごとガボンと口に入れる。
 一応スープ戴く作法のたしなみはこんなときでもわすれないぜえらいね私、と思っていたら、急に目が白黒した。
「んぶっ!! ゲホッ! ゲホゲホ!!」
 喉に詰まった、というより嚥下のサイクルがどっか狂ってて、しこたま気管に吸い込んだ。
「ほぉれ、言わんこっちゃござらん」
 すでに食事を終えている長老は長椅子の方から呆れたように声を出す。

「ぷ! ぷフフフフフフフ!!」

 目の前でティアちゃんが笑い出した。
 私はティアちゃんらしくないリアクションにギョッとした。

「姫様、アナムネ一喉がお広いのでは? ウフフフフ」
 私は真っ赤になってテレ笑いした。
「あは、ちょ、ちょっとしっぱい」
「それに、姫様、鼻、鼻」
「へ?」
 上唇の中央付近にドロリと重い感触があって、鼻水が垂れていた。
 拭うとスープだった。
「そのお広い喉からスルリと鼻へ抜けたのでしょうね、ウフフフフフ」
「わ、ほんとだ、恥ずかしい、えへへへへへ」
「ウフフフフ」

 ティアちゃんの笑いに誘われて周囲の何人かが笑い始めた。
「あはははは」
「うふふふふ」
「あはははは」
「うふふふふ」
 なんとなく雰囲気が和やかになり、私は落ち着いて続きを食べ始めた。
 ああ、ティアちゃんありがとー。

 チラッとティアちゃんを見ると、もうぜんぜん笑ってなかった。
 うう……したたかな演技だったのね。
 でも本当に感謝した。

 出されたパンは、よくわからないけど、ライ麦かなんかの素朴なパンだと思う。
 ギシギシ噛むと味が出ておいしい。
 それでスープ皿を拭って拭ってピカピカにして食事を終えた。

「さて、明日のこともありますので、もうお休み下され」
 時計も無いので時間はわからない。
 たぶん夜の11時くらいだろう。
 広間の明かりが必要最小限に落とされ、臨時のベッドが運び込まれた。
 客間から持ち込んだらしい豪華なベッドだ。

 いろんなことがありすぎた。
 うーんまだ精液臭いや。
 ベッドカバーを外すのも申し訳ないので、カバーの上から倒れ込むように寝て、そのまま寝入ってしまった。

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