没落と新しいお屋敷

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 そう、なんとなく、きっとこんな日も来るのかな、なんて思ってた。
 パパやママはあんまり仲が良くはなかったけど、それなりに私を愛してくれてた。
 でもやっぱりパパの様子を見ていると、子供ながらにいつかは破綻するんじゃないか、って思ってた。
 ある日お屋敷にいろいろな人たちがやってきて、私たちは16年間住み慣れたお屋敷から、さして遠くない郊外のアパルトマンに移り住むことになった。
 ママはずっとボーッとしちゃって家事もやらなくなり、パパは仕事を探しに毎日町へ出かけるようになった。
 学校は変わらずに済んだので、私はいつもと同じように、今度はアパルトマンから学校へ通って生活している。
 友達はぐっと減ってしまったけど、減った人はきっと本当の友達じゃなかったんだ。

 「クリス、パパたちはある人のおかげでこじんまりながらも普通の生活が出来ているんだよ。お前の学校の学費だって卒業まで払い込まれてて心配しなくていいんだ。あとはパパが仕事をみつけるから、3人でつつましく暮らして行こう」
「早くお仕事見つけてね、パパ。あたし新しいお洋服が欲しいの」
「うんうん、もう少し待っていておくれ。それと……」
「それと?」
「今度の長期休暇には、お前も少しアルバイトをしておくれ」
「ええー? いやよ、そんなの。あたし何もできないわよ」
「今度のことでお世話になった人がね、それを条件にしているんだよ。1ヶ月だけ、1ヶ月だけだから。お前もそれでお給金貰えたら、好きな物を買えばいいじゃないか。家のことはパパがなんとかするから、もらったお金は好きに使っていいよ」
「うーん、わかったわ、パパ。やってみる」
「おおクリス! ありがとうよ」


 *****


 学校で。

「あたし今度バイトするんだー」
「ええええ?」
「ハ! あんたに勤まるわけないじゃない」
「何やるの?」
「住み込みの家事手伝い、みたい。うちのお屋敷にいたメイドみたいなものかしら」
「アハハ、壷割ったりカーテン破いたりして叱られるのがオチね」
「そんなことないわよ! あたしだって家事くらい……」
「学校の掃除当番すら満足にやんないじゃない」
「あ、あれは箒(ほうき)の先が曲がってるのがいけないのよ」
「ふん、なんでも道具や他人のせいにしてばっか!」

 まったく、ほんとにパメラ達ったら思いやりが無いんだから。
 あたしが困ってるんだから、家事のコツくらい教えてくれようとするとかしたっていいじゃない。


 毎日が思い通りにならず、イライラがつのる。
 昔ならお屋敷のメイドをいびったりしてスッキリしていたのに、今度はあたしがメイド?
 冗談じゃないわ。

 かわいこぶって、そつなくこなし、あんまり関わらないようにして、さっさと1ヶ月やり過ごそう。
 あたしをイビる先輩やガキがいたら、ちょっと物置でシメて家来にしてやる。


 そうこうしてるうちにパパは法律事務所の事務方の仕事をみつけ、まじめに働きはじめた。
 お給料は安いけど、今の自分には合ってるって言ってた。
 ママも少しショックから立ち直ったけど、パパがつきっきりで世話しないとダメな状態だ。
 ママも今までわがまま放題したバチが当たったのよ。
 ただ、パパがママにべったりになっちゃって、あたしだんだんお邪魔虫になってきた気分。


 学校で友達にグチばっか言って少し気が晴れる以外は、クソ面白くも無い暗澹とした毎日が続いて、もう本ッとイライラしちゃう。
 どうして世の中にはあたしの気持ちを察することが出来ないバカばっかしかいないのかしら。


 *****


 そうしているうちに学校は長期休暇となり、約束の1ヶ月がやってきた。

 着替えなどの入ったカバンひとつ提げて、言われたお屋敷に向かう。
 学校のある辺りを通り過ぎ、さらに歩いてやっと着いた。
 ちぇ、こんなとこより、あたしはもっとすごいとこに住んでたのに……


 門番に言われて大きな門を潜り、殺風景な噴水のある広い庭園を抜け、玄関まで行くと、メイドが一人立っていて建物の裏手に案内された。
 こっちが勝手口らしい。

 入ると30代くらいのものすごい美人のメイドが立っていた。
「こんにちは。クリスさん、で宜しかったかしら?」
「そうよ」
「私はアメリア・キンバリーです。メイド長、あるいはキンバリーさんと呼んでくださればいいわ」
「はぁ」
「ついていらして」

 案内されるままに執務室のような部屋に通された。
 執務机には、何度かうちに来たことのある紳士が座っていた。

「こちらがこれから1ヶ月、あなたの雇い主になるゴルジイ・ミトコンドロイド様です」
「よろしく、クリス。何度かお宅で会っているよね」
「はい、こんにちはミトコンドロイドおじさま。学費を出していただいてありがとうございます」
「ふむ、そういう受け答えはきちんとできるようだね」
「ま、お礼はお礼ですから」
「クリスさん、今日からは『おじさま』ではなく『ご主人様』とお呼びなさい。そういう決まりです」
「えー?」
「これ!」
「まあよい、まだ状況も飲み込めていないようだから、おいおい教えてあげなさい」
「はい、かしこまりました」

 キンバリーってメイド長に連れられて屋根裏の薄汚い個室に着いた。
「今日からここがあなたの部屋です」
「うへぇ、せッまい!」
「マーサ! 居ますか?」
「はい、メイド長」
「クリスに色々と教えてあげなさい。たった1ヶ月の期間ですが、新たな仲間ですよ」
「はい、メイド長様」
 メイド長とマーサが出て行って、しばらくしてマーサだけが戻ってきた。

「ハーイ、クリス。これがあなたの服ね。今すぐこれに着替えて、1階のメイドの控え室に来て。黒板にその日のあなたの分担が書いてあるから。意味わかんなかったら控え室にいる子に聞いて。誰もいなかったら私を探して聞いて。どうしようもなければメイド長様でもいいわ」
「はぁ」
「アハハ、あんたも矯正が必要なクチだね」
「なによそれ」
「ま、矯正が嫌なら、『はい・いいえ・かしこまりました』くらいはちゃんと言った方がいいよ」
「ええ、おいおいとね」
「アハハ、いいねぇ。すごいイイわ。私も自分があんなだったくせに、他の子がああなるの見るの好きになっちゃってさぁ」
「え?」
 ――チリンチリン――
「おっと、お呼びだ。着替えてすぐ来なよ。 はーい只今!」
 あたしの返事も聞かずにマーサって子は廊下をすっ飛んで行った。

 なんだかボーイッシュで、ちょっとメイドのイメージとはかけはなれてるヘンな子だ。
 でもどうせあたしなんかを陰でバカにして、隙あらばイビろうと思ってるに決まってる。
 あたしがそう思ってたみたいに。


 荷物をベッド脇の小さなクローゼットに押し込み、着てきた服を脱ぎ、シュミーズ以下はそのままでメイドの制服を着ると、少し裾が短か目かと思ったけど、シュミーズの丈にぴったりで問題無かった。
 その上から良くアイロンの効いたエプロンを着け、靴下も白のニーソックスに替え、靴も指定のものを履いて、最後にブリムを頭に留めた。
 うちではメイドはもっと使用人然としていたのに、さっきのマーサもそうだが、この服はちょっとカワイイ感じがして不思議だ。
 これで仕事さえなければ1ヶ月くらい我慢してやってもいいんだって気持ちになった。
 なんとかのらりくらりと仕事サボっちゃえ。
 脱いだ服をクローゼットに掛けて、ふーっと大きな溜め息をつき、そううまくいかないであろうと暗い気持ちで控え室に向かった。

 廊下では特に誰と会うこともなく控え室に着いた。
 壁の黒板を見る。
 白い石墨で『クリス:マーサの見学』と書いてあった。
 甘く見られたもんねぇ。
 マーサ、マーサ、と……
 廊下に戻る。
「マーサ? マーサ! どこよ!?」
 しーんとして返事は無い。
 今は時間が午後2時だから、きっと掃除か何かしてるんだろうけど、いったいどこにいるのよ、まったく。
 ハッと気付いて控え室に戻る。
『マーサ:2階の掃除とベッドメイク』
 なるほど。

 ちょっと太腿がスースーするのを気にしながら2階に上がる。
 1部屋ずつ見て回ったら、3部屋目でマーサを見つけた。
「おう、来たね。『見学』ってなってたろ? まあ、見てなよ。あと、やりながら色々説明するから、覚えて」
「ふん、どうせすぐ辞めるのだから、バッチリ覚えても意味無いわ」
「まあ、そう言わずにさ、アハハ。居たければ何ヶ月居たっていいし、ここから学校だって通えるだろ?」
「ハァ? 1ヶ月ってきまりでしょ? 何言ってんの?」
「アハハ、そうだったね」
 ちょっと拍子抜けするのは、あたしがまだお屋敷に居た頃のメイドやメイド長や、ご主人の関係とちょっと雰囲気が違うことだ。
 もっと叱られたり、ガミガミ言われたり、小突きまわされたりが普通だと思ってたけど……
「ええとね、基本私たちの仕事はお掃除と身の回りのお世話だけ。厨房や食事のことや洗濯なんかは専任がいるから」
「ふーん」
「だいたいローテーションでそれぞれの階の掃除や玄関周りの掃除が日課だね。庭は庭師が居るからそっちは不要だ」
「ええ」
「あとはベルで呼ばれたら、ご主人様の所へ行って、御用件を伺って、それを実行する、と」
「どんなことさせられるの?」
「まあ、手紙出して来いとか、この品物を買ってこい、とかがメインだね」
「なあんだ」
「もともとあまりあれこれ難しいことを仰らない方だから、そういうのは楽かもね」
「何の商売してるのかしら」
「うーん、詳しく知らないけど、株とか先物とか、そういったものらしいね。お電話は良く掛けてらっしゃるよ」
「あとは気まぐれで更生事業みたいなことかな。アハハハ、私とか」
「え?」
「私さあ、てか、私も『アタシ』って言ってたんだけど、そこだけは直したんだ。でも言葉遣い全体は直んない。あたし貧民街で毎日かっぱらいの真似事して暮らしてたのさ」
「ええ?」
「ここのメイドが運んでた荷物を奪おうとして捕まってね、ここで暮らさないか、っていうわけだ。どうせどこに住んでても同じだから、イヤなら逃げだせばいいやって思って、あとずっとここにいるんだよ」
「こ、ここの方がいいの?」
「クリスもすぐにわかるよ」
「あたしはイヤよ。バカバカしい」
「アハハハ」
「何でも笑うのね」

 マーサに付いて回り、起床から就寝までのメイドの生活と、日常の決まった仕事、そしてご主人様から言われた仕事のこなし方を教わった。
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