自分で戯れに買った紐水着
その夜。
お風呂から上がって自分の部屋で、水着ハンガーに絡み付いた妖しい異臭を放つその黒い塊を前に深く溜め息をつく。
「ハァァーー、どうすんのよ、コレ」
異臭ったって、普通の新品の革の匂いだからそんなに極端に嫌悪するものでもない。
それよか人間に元から備わってる獣(けだもの)の部分を、どこか遠まわしにくすぐるような不思議な香りだ。
これが匂いすらしないほどクッタクタに使い込まれてたら、それはそれで想像したくないほどに超キモいけど。
『あのね、要するに、ある人がボンデージ着た写真があれば、俺は満足するんだ』
『陽子、わかってるよな? 俺の頼みたいこと』
『ダメか? 着るだけだぜ』
良一の言葉を思い出すと耳の後ろがカアッと熱くなり、風呂上がりの火照った身体の熱さを一瞬で追い越し、身体中で一番熱くなった。
そして、耳の後ろの熱はしばらくすると左右からうなじへ集まり、そのまま縦に体躯へと流れ落ち、身体の芯を熱く掻き毟りながら下腹部の一番下へドロリと集まった。
まるで耳から体内に滴り落ちた熱がそのまま底を破って流れ出たように、熱い何かがジワッと広がった。
今まで、こんな形で他人が、私のプライベートに関わるなんて経験、全く無かった。
なのに、一番気を許しているはずの他人である良一からこんな仕打ちを受けるなんて。
恥ずかしくて悔しくて、とても許せない。
許せないのに、なんでドキドキが止まらないんだろう。
人生の中でこれまで、他人の意志が心に食い込む経験なんていくつあっただろう。
幼稚園の時にお気に入りの遊具を巡っての友達との罵(ののし)り合い。
周りの大人たちから譲り合えと言われて引き下がる程度の他愛無い言い争いでも、私は初めて真剣に自分のお気に入りを掛けて争ったのだ。
そして中学の時の初恋と失恋とそれに伴う様々な感情。
もちろんその時のそれらの感情は、すべて後からその名前を知ったのだけれど、ただ男の子に憧れるだけでも周囲に気を遣わなければならない人間関係の難しさを思い知った。
結局うまくコトが運んで、その子と付き合うことになった時の周囲の嫉妬と中傷。
剥き出しの憎悪。
中学生で?と思うこともあったが、幼稚園の遊具の話ではないが、自分の本当のお気に入りを掛けた時、人は何歳になっても剥き出しなのだろう。
結局当時の彼氏が、私とどこまでススンでるかを自慢げに大ウソ吹聴して、それを知った私はあまりのバカバカしさに全て冷めて、別れた。
一緒に映画見た程度であらゆる行為やりつくしたように言われてはたまらない。
結局その彼氏がガキだったのだ。
時を同じくして良一は良一で彼女を作り、さんざん世話した挙げ句にアイツのガキっぽさが露呈して別れてた。
もうたくさんだと思い、それからは男子は良一としか遊んでいない。
幼馴染みとか家が隣とか、当然冷やかされもするけど、こと良一に関しては冷やかされても日常の天候の挨拶くらいにしか感じない。
その、空気みたいな良一から、こんなヘヴィな弾を喰らうとは。
でも……
目の前の革の塊から、良一の想いを排除し、ただのコスチュームとして認識するべく、じっと睨み付ける。
私がこれを装着する瞬間を妄想していたアイツの残留思念をこの革衣装からひっぺがし、私が自分で買ったものだと思い込む。
これは、戯れに買った紐水着。
そうよ、戯れに買った紐水着。
ただの紐水着。
……よし!
立ち上がって、風呂上がりの爽やかな汗を吸ったタンクトップを脱ぐ。
基本的にブラ嫌いなので着けないで済む時は着けてない。
同じく軽く汗を吸った短パンを脱ぐと、パンツだけの裸になった。
水着の試着と同じで、パンツまでは脱ぐ必要ないだろう。
それに万一、革が体に悪かったら、デリケートな部分がかぶれたりしないとも限らない。
それに……
いや、自分を誤魔化すのはよそう。
つまり、パンツ脱ぐとなにやらお股がヤバいことになってるのを直視するのが怖かったのだ。
そして、もしこの革製品を汚せば、当然言い訳が必要になってくる。
そんな窮地を布一枚で防げるならば、一時の見た目の悪さなんて気にしない。
どうせ私しか見ないんだし。