翌朝。
と言ってもまだあの地下室の忌々しい出来事から数時間しか経っていないような、陽も昇らない真っ暗な早朝。
全身を虫が這うような違和感で目が覚めた。
少し寒い。
昨夜は『メイド服のままで』と厳しく指定されたので、靴だけ脱いだ状態で、グローブからソックスまでそのままでベッドに潜り込んだ。
季節的にブランケット1枚でも平気なのでお腹の上だけ掛けてそのまま眠ったんだけど……
全身が生乾きの下着を着けている時のような薄ら寒さ。
そしてまるで沼地の近くで眠っているような饐(す)えた生臭さが鼻につく。
やがてゾワゾワと何匹ものアリが手足を這い上るような感触があって、ひょっとしてゴキブリやムカデに這いまわられているのかと、恐怖に飛び起きた。
―― ぐにょり ――
ベッドがグニャグニャする。
しかしそれはベッドが柔らかくなったのではなく、あたしの嵌めているグローブが厚みを増してぬめっているのだった。
「え?」
―― くちゅり ――
尻で水袋を押し潰すような不快な感覚。
「ひ?」
さらにガバッと立ち上がると、足裏でカエルの卵の塊をふんづけたような不快感があった。
「ひいいいい!!」
やっと頭がはっきりしてきて、自分の全身が何かブヨブヨしたものに覆われていることに気付いた。
二の腕の一部と太腿の真ん中あたりは服の布地が触れていないので無事なようだったが、指先までビッシリと得体の知れない弾力を感じる。
まだ窓の輪郭くらいしか見えない、屋根裏部屋の暗がりの中で、全身を何かの生物に取りつかれたように感じ、パニックになってメイド服を引き剥がそうとした。
気味悪い弾力に邪魔され、触感もままならない指先で胸元を掴み、ビイイイ!と引き裂くと、その光景に我が目を疑った。
メイド服だと思って着ていたものは、いつしか裏が一面ビチビチと蠢くミミズの塊のようなものに変化し、着ていたはずの下着やシュミーズはなく、生温かいコルセットのようなものに素肌が覆われていた。
「キャアアアアアア!!!」
特にお腹周りの素肌に触れているコルセット内面の気色悪さにトリハダが起ち切り、裸になってもいいから一刻も早くこのミミズのバケモノを引き剥がそうとした。
しかし、ヌルヌルと滑(ぬめ)りながら強固にまとわりついていて、全く引き剥がせない。
「……んー? どうした?」
私の悲鳴を聞き付けたのか、マーサが寝間着で入って来た。
「マーサ! 助けて!!」
「あーふ。 あれ?増殖早いねぇ。まだ4時間くらいしか経ってないのに」
「はやくう! とって!とって!とって!」
「アハハ、それはだめだよ」
「ふざけないで! とって!」
「それ、おしおきだもの」
「お、お、お仕置きって……」
「あの時胸に付けたろ? あれが増殖して服の下に潜り込み、さらに増えてクリスを包んでるのさ」
「だって、下着つけてたはずなのに……」
「ああ、多分もう全部溶かされて、その触手に置き換わってるよ」
「しょ、触手って……!?」
「そのぐにゃぐにゃしたヤツさ。クリスがなにもかもお子様なんで、ちょっとそいつに教育してもらうんだ」
「いやあああ! とって!!」
「あとでならとってあげてもいいけど、今はだめだ。しばらくは我慢しな。きっともう取ってなんて言わなくなるから」
「バカ言わないで! 気色悪い」
「えー? バカはひどいなぁ。ほら」
マーサは蝋燭を脇に置くと、木綿の質素なネグリジェをがばっと捲り上げた。
「ひ!」
妖しくゆらめく蝋燭の灯りの中、マーサの胸と腰には今あたしが取り付かれてる触手よりももっとコンパクトな、触手ブラジャーと触手パンツとでも言うような物が取り付いていた。
「私も最初はそれ着せられたんだ。ちょっと動きにくいから今は小さくしてもらってるだけで、基本同じだよ」
「そんな……」
「もうすぐ落ち着くから我慢しなよ」
蝋燭の灯りに照らされたあたしの身体は、中はマーサのブラやパンツと同じような濁った紫色の半透明なコルセットに覆われ、メイド服はその内側にビッシリとイボイボが植わっていた。
良く見ると、服の縁も裏地も、全てがヌラヌラと蠢いていて、目の前でみるみる増殖を続けていた。
粘液の湿り気のために少し寒く感じていた身体は、その『触手』の温度が上がってきたためか、もう寒くはなく、むしろ火照りすら感じる。
「はんっ!」
思わず声が出たのは、コルセット状のものがコルセットだけでは済まず、パンツのように股を覆い始めたからだ。
そして胸の方にも伸び、ビスチエのように下からおっぱいを覆う。
見ている目の前で細い触手が乳首をスリスリと擦る。
恐怖におののいているくせに、直接いじられると素直に反応して尖りはじめちゃうあたしの乳首。
それがぷっくり勃起したのをすかざず根元に巻き付いてキリリと甘く締める。
「ひあっ!!」
自分でもそんなつまみ方したことない、初めての刺激に胸の奥に何かが染み込む感じがして、声が出た。
そのあたしの乳首は、みるみるうちに細い触手たちに周囲から放射状に囲まれ、覆われてゆく。
敏感に締め上げられた乳首を、周囲から尖った触手にぐるりと包まれ、先端で全周から甘く突かれる。
「ふあああ……」
手を使ってそれを引き剥がしたいのに、今手を離すと即座に胸まで触手のメイド服に包まれてしまいそうで、おののきながら見守るしかない。
なすすべもなく、あたしの左右の乳首は、触手に硬く緊縛されたまま、まるで底なし沼に沈む哀れなネズミの如く、おぞましい紫色の半透明な本体に、周囲から包まれてその奥に消えた。
「ひいいいい……」
情けない弱い悲鳴しかもう出ない。
乳首がこんなにされたってことは、今お股がヌルヌルしてるのも、ソコで同じようなことがおきてるの?
お股の割れ目は自分でも何がどうなってるのか構造わからないし、いま上からも見ることも出来ないけど、何か紐状の物が割れ目から縦に入り込んでる感じがする。
「いや! いや! なに?」
股の中の敏感な何かが締め上げれたら、乳首どころじゃない気持ち良さに襲われ、膝がガクリと折れそうになった。
次に太い物が股の割れ目に沿って押し付けられ、ゴリゴリと前後に往復する。
「んあっ!」
これも何だかきもちいい。
急にメイド服がグニョグニョと波打つように蠢き始めた。
ズルンとスカートの下に紫色の肉厚のヒダが生え、まるで肉のシュミーズのようだ。
メイド服は所々が一瞬裂けて下のビスチエやあたしの素肌が見えたかと思うと、組織が再構築されたのか、ビキビキと真っ赤な断面の短い触手同士が絡み合うようにして閉じ、見た目は普通のメイド服に戻った。
やがてお股がどうだかされてしまって落ち着くと、ビスチエの腰回りに細い触手が何重にも巻き付いて、ギシッと締め上げた。
「ぐふっ!!」
本物のコルセットで締められるのと同じように、空気の塊を吐き出して、そのまま固定されてしまった。
背中や首周りから余った触手がはみ出して来て、なんとか胸周りを開いて持ちあげてるあたしの腕を引き剥がす。
ああ、触手を引き剥がすはずだったのに、あたしが自分の身体の自由から触手に腕を引き剥がされちゃった。
諦めて脱力すると、胸元もビキビキと接合しはじめ、触手ビスチェの上からも触手メイド服のイボイボの裏地を味合わされた。
まるで触手全体があたしをいたずらして弄ぶようにあちこちから細い触手を出し、太腿をかるくなぞったり、首周りのビンカンなところをぞわぞわ嬲ったり、10分くらいオマケで弄り回されたところで、全体が引っ込んで落ち着いた。
「あ、ああ……」
ガクッと膝をついて床に四つん這いになる。
「終わったみたいね」
「ひどい。こうなるって知ってたのね」
「アハハ、クリスみたいな子はみんな通る道だからね。ま、私もだけど。でもどう説明すれば良かった? 私もこの正体知らないんだぜ」
「きもちわるいわ」
「今だけね」
「え?」
「さて、まだ起床まで間があるから、寝るといいよ」
「無理よお!!」
「案外平気だよ」
マーサは笑って出て行った。
夜は白みかけていて、このまま起きていてもなんとかなりそうだった。
でも疲労の方が先に立ったので、ちょっとだけのつもりでベッドに仰向けになっていたら、そのままぐっすり眠ってしまった。
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