花瓶
ハッと気付いた時、あの恐ろしい処刑の真っ最中から、何も変わってないことに恐怖した。
寸分なく接続された悪夢映像の続き。
それはまぎれもなく現実の続きだから。
様子が少し変化してるのは、あたしを包む樹脂の厚みが増しているということ。
何層にも重ねて固めてゆくようだ。
自分がなりたいと心の底で勝手に願ってた姿でイッたので、無意識のどこだかが少し満足したらしく、ちょっと脳が醒めている。
見てる目前で、周囲がまた樹脂液で満たされ、しばらくすると引いてゆく。
途中眠っていたりしたので、どれだけ重ねられたのかはわからないが、周囲の景色が歪むくらいに重ねられた。
あたしは完全に樹脂の奥に封入され、10cmちかい樹脂殻で日常の空間から隔離されてしまった。
ベッキイがそうであったように、呼吸は確保され、ただ生きてゆくには問題ないように思えた。
食事はどうなんのかしら。
ベッキイが食事してるとこみたことないから知らない。
固化時間待ちなのか、乾燥時間待ちなのかしらないけど、それからしばらく何の動きもなかった。
*****
ビキイ! という音で目が覚めると、肉の扉が開き、室内が明るくなり、台車を押す音がした。
天井方向しか見えないので、何がおきてるかはわからない。
硬化を待っている間に表面が磨かれたか、硬化するとツルツルになるのか、これだけ深い樹脂の奥なのに、天井の様子がはっきり見える。
「おーい、大丈夫か?」
触手で耳栓された鼓膜に、遠くからの呼びかけのように声が響く。
実際には目の前なのに。
マーサ!!
―― シューーツ!! ――
―― シューーツ!! ――
―― シューーツ!! ――
―― シューーツ!! ――
暴れたいけど全く動けない。
「すごい……」
暗がりの中であたしの状態に気付いたのか、急にトロンとした目になるマーサ。
「うわ、私の時よりすごい。こんな丸見え、耐えられない」
別な声がして、更に焦った。
ベ! ベッキイ!!
―― シューーツ!! ――
―― シューーツ!! ――
―― シューーツ!! ――
―― シューーツ!! ――
「そっち持って」
「OK」
「せーの」
「まって、足場悪い」
「台車まででいいから」
「んじゃ、せーの!」
ふわっと持ち上げられ、台車に載せられた。
そのまま荷物用のホイストのある穴の方へ運ばれる。
ガコン、と押し込まれると、1階の納戸の横から縦穴になっているのを見上げることができた。
あの部屋に慣れた目には、1階の納戸の明るさでもまぶしい。
穴の脇には数人いて、木枠から下がる滑車をガラガラと降ろしてくる。
あたしの周囲から4本のロープが伸び、正面で1つに重ねられ、滑車のフックに掛けられた。
「いいよー」
「はーい」
地下と1階で声の応酬があると、ふわりと浮いて引き上げられた。
ピアノか箪笥になった気分だ。
そしてついに、あたしは惨めな姿のまま他のメイドの子やメイド長の前に置かれた。
「はいはい、みとれない! 運びますよ!」
1階でも台車に載せられ、あたしが割ったことになっている大きな花瓶のあった所へ運ばれた。
全部が黄色い景色の中、天井が見えていた正面に、メイド長の顔が割り込む。
「クリスさん、大変でしょうけど、きまりはきまりです。しばらく花瓶をお願いしますね」
他の子たちも、あたしのことを煽るわけでもなく、淡々と飾り付け、身体を隠さない所に白布を掛けたりして去っていった。
マーサがやってきて、あたしの口にゴムの栓をした。
お尻からピッチャーで水を流し込む。
お腹が水で満たされてゆく……
ああ、あたし、本当に花瓶なんだ。
先日あたしがアレンジしようとしていた花材をマーサが覚えてて、その通りにあたしのお尻に差して花を活けた。
黄色い景色の中、目の前にくつろげられた自分の性器、そしてその奥に生け花が見える。
また惨めさに襲われて泣いた。
涙が回って来て、飲まされた。
愛液も……飲まされた。
こんな姿で感じてるあたしが悪いんだ。
*****
食事は、口の脇にある穴に栄養液を注いでもらうだけ。
排泄はお尻の奥に触手の袋があり、そこに溜まる僅かなカスが1日1粒、袋状に切り離されてお尻の花器部分に浮くのを拾ってもらうだけ。
ベッキイも基本同じような仕組みだったらしい。
―― ドクン ――
―― ドクン ――
―― ドクン ――
一番隠すべき部分を上向きに晒し、あまつさえソコに花を活けられているあたし。
あたしが興奮の対象にしたベッキイにまでこの痴態を見られ、羞恥心の逃げ場すら徹底的に潰されている。
この廊下の端で天井を見上げ続けるのが、あたしのこれからの日常になるのか。
パパに言われて1ヶ月そつなくやり過ごすはずだったあたしのバイトは、あたし自身の心の奥を暴かれ、晒されて、こんな結末になってしまった。
―― ドクン ――
……そうだ……
今ならわかるよ。
結局、パパは、あたしを売ったんだ。
……でも、今のあたしなら、笑って赦せる……
『それでパパが幸せなら、いいよ』って。
触手たちに調教されて、こんなに心が軽くなっちゃったよ、あたし。
―― ドクン ――
まるで祝福の拍手を送るように、全身を包む透明な触手たちが振動しはじめた。
無抵抗に後ろ手のまま固められた手の指先から肩口まで、サワサワと撫でられる。
こそばゆさに飛び跳ねたいけど、1mmも動けない。
やがてそれがドロリと愛撫に変わる。
無防備に前に放り出した左右の足は、はしたなく開き、おんなとして最も羞恥を感じるポーズのまま固められている。
その足の指先からサワサワと撫でられ、太腿に刺激が達する頃にはドボリと口いっぱい飲みきれない粘液で溢れかえっていた。
乳首とクリトリスを固縛したまま透明化している触手は、あたしの羞恥の芽をいやというほど尖らせて晒し、おかげであたしのクリトリスは他人の視線を受光するセンサーになったんじゃないかと思うほど、極限まで敏感のカチカチになり切っている。
膣口は丸くぽっかり開かされ、その入り口すぐの内側にぴいんと張った処女膜が、まるで展示物のように見えている。
その直径の半分ほどの歪な穴が中心に明き、自分の処女膜の開口部が正円ではない個性的な形をしてるのをはじめて知った。
それは多分誰にでも顔貌や背格好の差があるのと同じ、なんでもない自分の姿形の一部なんだろうけど、よりによって本当なら絶対に知られることの無い処女膜の形なんて、羞恥の限界を超えている。
開口部からは透明な触手が奥まで侵入していることは皆に知られている。
暗くて直接はさすがに見づらいだろうけど、それでも奥の奥まで触手に満たされて嬲られてる部分を人に向けて開口してるなんて。
そして、活けられた花によって多少隠れてはいるものの、皆はあたしのお尻の穴が、どれだけ拡がって、どんな風にチューブ状の触手を咥えているのか、一番間近に目にするんだ!
全身のざわめく刺激が、次第に大きな波となり、あたしのお腹の奥の奥へとあつまって来た。
全身の末端まで上気し、赤熱し、蕩(とろ)けてゆく。
身体の全てが快感で満たされている。
ああ、ベッキイを見た瞬間から憧れた気持ち、その万感を集めて、大きな快感の波が来た。
お尻、内臓はおろか口まで貫かれ、生け花のための水を満たされた花瓶としての自分を再認識したとたん、大した刺激もないのに、静かに深くイキはじめた。
ああ、あこがれてた、最高の絶頂が、今、目の前にある。
ベッキイの羞恥と快感をあたしも味わえるんだ。
羞恥と快感……
何か忘れてる……
……ゴクリ……
……絶・望……!
無限寸止めの絶望……だ!!
そう気付いたとたん、全身の触手からピリッと電気が走ったようになった。
ひあっ!!??
何?今の?
いきなりの電気責めに身を硬くしたが、大した痛みも痺れも感じない、
感じない。
……感じてない……
―― ドクン! ――
猛烈な虚無感に襲われた。
控え室での猥談の中で、男の人が出しちゃうと虚無感に襲われるっている話を聞いたが、こんな感じなんだろうか。
どんどん高められていた絶頂への快感が、急にリセットされた。
でもゼロにはならず、燻(くすぶ)る火照りは残ってる。
火照ってるのに満たされない!
出口に居るのに出られない!
この責めはベッキイもそうであったように、長年練り上げられたものらしく、この激しい無念さの調節が巧み過ぎる!
……はぁッ……
……はぁッ……
……はぁッ……
たっぷりと期待していたものが、直前でイケないのがこんなに辛いなんて。
……ざわざわ……
あたしの身体の火照りが後戻りできないように、全身と乳首やクリトリス、膣や尿道、肛門への甘い愛撫は止まらない。
そこへ今度は絶頂剥奪の被虐感が加わり、もっと惨めに昇り詰めてきた。
究極の快感に再度挑戦。
初日に触手ビスチエに調教され、マーサにイカせてもらった時の、あの寸止めの何百倍もの虚無感を押し潰すように、強引に昇り詰める。
あのベッキイみたく!
固められて!
花瓶にされて!
お尻の穴にお花を活けられて!
性器全開に晒して!
ああああイク!!
こんどこそイク!
歪な欲望で練り上げられた絶頂なんて、阻止できるもんか!
こんどこそイキそう!
イ…… ああああああああ…… やだぁ!
また電撃のようなもので覚醒させられ、甘い絶頂から触手漬けの惨めな現実に戻った。
……はひイッ!……
……はひイッ!……
……はひイッ!……
……はひイッ!……
琥珀の下で目を剥き、発狂しそうな無念感を反芻する。
くそっ!
くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!
クリひと舐めでイケるのにいいいいぃぃいいいッッッッッ!!!
……はあッ!……
……はあッ!……
……はあッ!……
誰か通らないか、廊下に目を凝らす。
誰か来た!
メイド長だ!
メイド長様!
舐めて! あたしのココいじってくださいいいいいい!!
お願いです…… どうか……
絶望に喘ぐギョロリとした目は、きっと見えてるはずなのに、それをチロリと優しい目で見下ろして、メイド長は通り過ぎた。
……はひイッ!……
……はひイッ!……
……はひイッ!……
おおっ!
ベッキイ、キターーーッ!!
ぜったいわかってもらえる!
いまのあたしのきもち!
大股開きの間から、すがるような視線を送る。
しかし、あたしの目に気付いたとたん、ぶわっと泣いて、顔を覆って走り去ってしまった。
ああ……
何の助けもない絶望の混沌に、ずぶずぶと仰向けに沈んでゆく気分。
でもこの究極の絶望さえ心に刻んでおけば、どんな困難にも耐えられそうな気がする。
誰の絶望でも理解して、救ってあげられそうな気がする。
また心が軽くなり、あたしの目から、恨みがましい光は消えた。
でもこの究極の拷問はまだ終わりそうになかったけど。