あの子に貞操帯

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 2 秘密のスレッド

 ある日、放課後の図書当番を終えて一人寂しく靴箱で履き替えていると、履き替え場のスノコの隙間から小さなぬいぐるみやらがハミ出ているのを見つけた。
 携帯のストラップアクセサリーの束のようだったので、掴んでズルリと引き上げると、案の定スマホがぶら下がっていた。
 おなじみiPh0neに、わざわざストラップ穴のあるケース付けて、過剰なほどのアクセサリーは明らかに女子のものだ。
 iPh0neは個性的カバーのデザインに凝るのが中心で、ストラップはつけないユーザーが多いから、わざわざぶら下げている子は心当たりが無いわけではないが、ちょっと珍しいと思う。
 どうせロックされているだろうけど、一応持ち主を調べようとホームボタンを押すと、使った直後に落としたのか、いきなりホーム画面が出た。
 手掛かりを求めて画面に触れたら、アイコン化されていたブックマークに触れてしまった。
 ブラウザーが起動し、画面にいきなり出たサイトは、見慣れた某掲示板の貞操帯スレッドだった。
 ふーん、結構マイナーそうな所でもみんな見ているもんなんだな。

 さて、肝心の持ち主を探さなきゃ。
 あんまり色々見てもマズイしな。
 着信履歴と発信履歴を見る。
 「みき」「信ちゃん」「おかあさん」「ウチ」…… 「河野歯科」「さめじまフラワー」
 ほとんど直接の手がかりにはならない。
 メールの方を覗き見るのは最後の手段だ。
 幸い「ウチ」があるので、ここへ電話して携帯が落ちていたと告げるとするか。
 最悪iPh0neはPCから「探す」で位置検出できるはずだから、確保していることだけ告げればいいだろう。

 「あのっ!」

 いきなり声を掛けられ、俺はそっちを見た。
 下駄箱の入り口に小竹原が立っていた。
「あのっ! それ、あたしのっ!」
 ええっ!? これ小竹原の?

 いきなりの小竹原の出現に、俺は別に悪いことしているわけでもないのにドギマギした。
 バクバク言う心臓をおさえて、平静を装ってなんとか声を出した。
「ああ、良かった。今みつけてどうしようか困ってたんだ。『ウチ』っていう履歴に電話しようと思ったところさ」
「な、中を見た?」
「え? 発着信履歴は仕方なく見たけど……」
「あー良かったー! ありがとう、神山くん」
「こっちこそ、本人が現れて助かったよ。知らない人の家へ電話して、事情を説明して、とか俺苦手で。ハハハ」

「ねぇ、まっく寄ってかない? 何かオゴるよ」
「べ、別にそんな気ィ遣わなくていいよ」
 バカか俺。
 成り行きとはいえ、プチデートのお誘いだぞ!?
「そんなこと言わずにさ。家に帰ってから夕飯とかちゃんと食べないとおうちの人うるさいなら、コーラとかだけでも」
「じゃぁ、ちょっとだけ。かえって悪いね」
 小竹原と連れ立って、駅の近くにあるまっくに向かった。

 実際、並んで歩くだけでドキドキする。
 信号待ちの時俺の前にずいっと半身出た小竹原の、背中まであるロングヘアを素っ気無くまとめただけの黒髪の束から、柔らかく甘い、健康的な香りが漂ってくる。
 背中の一部が汗で張り付いたブラウスに、ピンク色のブラジャーが透けていた。

 こうやって間近でじっくり観察すると、俺の憧れの対象としての小竹原と、人間として現実の生活をしている小竹原のギャップが曖昧になる。
 こいつだって俺と同じく毎日食事をし、排泄をしているはずだし、下着だって汚すだろう。
 それを自分で洗うのか家の人間が洗うのか知らないが洗濯し、また穿くわけだ。
 当然ヨレた下着や黄ばんだ下着などもあるだろう。
 しかしここまで近くで観察してもとてもそんな風には見えず、まるで育ちの良いお嬢様かトップアイドルのように、下着なんて常に新品で、少しでも汚れたら捨てるような生活をしているようにしか見えない。

「ねぇ、何にする?」
「じゃ、予定どおりコーラで。Mサイズね」
「いいよ。ヘヘヘ実は…… ジャーン! お父さんが何かの景品でもらったEdyがあるんだ。あたしはこのヨーグルトにフレーク入れるやつにしよっかな」
 トレーを受け取って禁煙席に座る。
「じゃ、遠慮なくいただきます」
「どーぞどーぞ。でも本当に助かったな。ヘンなヤツに拾われてたらもう大変だったよ、きっと」

 俺は小竹原の容姿も好きだが、このサッパリした性格にも惹かれるのだ。
 オタク好きのする女子と言ってしまうと小竹原に申し訳ないが、男子とも屈託なく話す隔たりの無さが、俺のようにオクテな男子にでも『もしや』というチャンスを期待させる。
 しかしさすがにネット歴が長い俺は、それが単なるオタク側の幻想で、気さくな女子ほど男の好みがうるさかったり、白馬の王子様を夢見ていたり、とにかくいざ男女関係になると扱いにくいということを良く知っている。
 だから俺は自分が傷つかないためにも、小竹原に心までは入れ込まない。

「神山くんてクラブやってたっけ?」
「あー、俺、帰宅部」
「なーんだ、クラブくらい入ればいいのに。って、かく言うあたしも帰宅部なんだけど」
「あれ? だって水泳……」
「あ、あれは個人で入ってるスイミングクラブ。もう幼稚園の時から行ってるから」
「それでそんな締まった体なんだ」
「あーーっ! エッチ! 体育の水泳でそんなトコばっかり見てたのー?」
「あっ! ごっ! ごめん! そんなつもりじゃ……」
「いいよ、いいよ、減るもんじゃないから」
 俺はその時の小竹原の言葉を聞いてギョッとした。

「ん? どうしたの?」
 大きな目がきょろんと上目遣いになり、眉が悪戯っぽく寄る。
「なんか付いてる?」
「いや、小竹原さんって、なんか男子みたくサッパリしてていいなって……」
 とたんに小竹原の瞼がすっと下りて、不快な表情になる。

「あ! いや、ごめん! 悪い意味でなく…… その……」
「あーぁ、あたしそうなの…… 女の子の友達からは、『ゆっきーってちょっと見(み)楚々としてるけど、喋ってるとモロ男子だよね』って言われてるの。あ、ゆっきーってあたし。裄野(ゆきの)だからゆっきーね」
「えーっ? 男子の間では小竹原さんて超人気だし、俺的にも、その……」
 俺は思わずノリで告りそうになって焦った。
「だから、女子で口の悪い子はあたしのこと超キライって言ってるらしいの。こういう行動も男子ウケを狙って媚ってるんだろうって」
 この美少女的風貌なら、もっと美少女然としたブリッ子的振舞いが要求されるのだろう。
 女子仲間の陰湿な部分には、自分達に分類不能なものを異端視して排除しようとする部分があるもの俺は良く知っている。

「媚ってるなんて見えないけど」
「あたしだってそのつもりよ。あーでも今、神山くんに喋ったらスッキリしたぁ。2回も助けられたね。携帯とグチ聞きで」
「俺も小竹原さんて近寄りがたい高嶺の花って感じがしていたけど、今日話してすごく身近に感じたよ。俺も良く見てる2ちゃんスレが登録してあったりして……」

 突然、小竹原が顔色を変えて叫んだ。
「ちょっ! 携帯の中を見たの!?」
「えっ? ごめん、履歴見てる時に指がブクマのアイコンに触れちゃって……」
「えっ! あぁ…… そうか…… 失敗だなぁ…… で、どのスレのこと?」
「その…… 『女の子に貞……』」
「キャーーーッ!! やめて!!」
 俺に掴み掛かりそうな勢いで席を立った小竹原は、店中の注目を浴びた。

 立ち上がった姿勢のまましばし固まったあと、真っ赤になって席にそのままストンと腰を落とした小竹原は、しばらく俯いていた。

 そのうち、肩を震わせて、店の喧騒にかき消されそうな小さな声で、搾り出すように言った。


「どっ……   ……奴隷に……なるよ……」

 ポテトフライを揚げる油臭い匂いが立ち込めるまっくの店内で、俺は自分の耳がキーーンと激しい耳鳴りに襲われたように感じた。

「はァ?」

「秘密を知られちゃった…… だから、なんでも言うこときくよ…… だからお願い! 皆には黙ってて!!」
「ちょ、ちょっと、何の話?」
「あたしの携帯の登録サイト見たんでしょ?」
「うん、まぁ、ちらっと」
「神山くんも知ってたんでしょ? その貞操帯スレ」
「え? うん…… まぁ……」
「だったら、どんな内容をあたしが見ていたか、知ってるわけでしょ?」
「うん…… まぁ…… あ、でもそんなのって、みんな見てるんじゃない?」

「え? そ、そうなの?!」

 小竹原は、本当に火がついたように見えるほど真っ赤になった。
「いや、俺も自信ないけど、多分」
「……ごめん、ちょっとトイレ」
 湯気が出そうに赤面したまま、小竹原はトイレに立った。

 俺が気持ちを落ち着かせる間もなく、小竹原はすぐに戻って来た。
「ふぅ。」
「大丈夫?」
「うん、エヘヘおつゆでぱんつ汚しそうだったからナプキン貼…… あわわ!なんでもない! それよか、……えーと、『忘れて』って言っても無理だよねぇ?」
「いやべつにかまわないけど。俺だってソコ見てるわけだし」
「そそそそうじゃなくて! 『奴隷になるよ』って言ったコト!」
「あ! ああ…… いやぁアハハ、あまりに非現実的な言葉なんで、耳に入ってこなかったよ。あ、でもこの際だから言うけど、小竹原さんに貞操帯嵌めたいっていうのはずっと思ってた」

「え?」

 俺は他人の腕にハッキリ鳥肌が立つ瞬間というのを初めて見た。
 俺を見つめる小竹原の目が歪み、瞳が潤んだかと思うと、テーブルに添えた両腕に、見る見るプツプツと鳥肌が立った。

「嵌め…… たいの……?」

「え?」

「あたしに……」

 小竹原が今にも泣きそうな顔になり、困った目をしたまま俯いた。

「アハハハ、妄想だよ妄想! 健康な男子なら、みんな多かれ少なかれ持ってるモンだと思うけど? あ、でも俺なんかの妄想のネタじゃ小竹原さんは不愉快だよね…… ごめんね……」

「…… いいよ…… 嵌めても……」

「へ?」
 こんどは俺がゾクリと鳥肌立つ番だった。

「お金…… あるの?」
「ま、まぁ、貯金なら9万くらいなら……」
「あたしも10万ちょっとあるから」
 俺は店内中に響きそうな音で、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
 ここでいきなりお金の話が出て、それが会話として成立するということは、小竹原も貞操帯の値段を知っているということだ。

「じゃ、じゃあ、小竹原さんはどんなタイプがいいの?」
 真実を確定するための、ほとんどヤケクソのカマ掛けだった。

「あたし水泳続けたいから、やっぱりスポーツタイプじゃないとダメ」
「そうか。じゃ一番大手のメーカーのスポーツ型がいいよね。ロック部が目立つけど大丈夫?」
「もうスクールはやめるから。会員制のプールで趣味で泳ぐの」
「すごいね」
「お父さんの会社の福利厚生でタダ券が貰えるの」
「なるほど」

 ……やっぱり小竹原は全部知っている。
 現代の貞操帯の詳細まで。

「ジムもタダ券使えるから、神山くんも少し運動しなよ。神山くんこそ、もうちょっと筋肉ついてお腹引っ込んで、顎周りスッキリするとイイ感じだよ?」
「アハハ、俺そっち方面ぜんぜんダメだ」
「どうせ帰宅部なんでしょ? 明日の帰りに行こうよ」
「えー? マジ?」
「ジャージとTシャツくらい持ってるよね」
「うん」
「絶対持ってきて、明日。あとタオルも」
「まぁ、いいけど」

 信じられない非現実的会話から、至極日常的な会話へ勝手に流れて、俺は内心ホッとした。
 小竹原は小型のフルーツパフェみたいなプラスチックの器に入ったヨーグルトフレークをガガガと掻き込み、俺は氷の溶け切ったコーラを一気に啜って店を出た。

 店の外は蒸し暑かった。
「えーと、ごちそうさま」
「アハハハ、じゃ、明日忘れないでね」
「うん」

 店の前で別れ、家に向かった。
 二人ともかなり頭に血が昇っていたらしく、途中まで一緒の道なのに別々の方向へ向かった。
 俺は途中で気付いたが、今更一緒に帰ろうと後を追うのも恥ずかしかったので、無理に別ルートを通って家に帰った。

 帰ってから持ち物を片づけるのももどかしく、小竹原をオカズにオナニーしまくった。

 あの上目遣いの表情、『奴隷になるよ』と言った時の仕草、『嵌めてもいい』と言った時の潤んだ瞳、すべてが俺の妄想なんて簡単に蹴散らすほどの、リアルが持つ真実のクオリティだった。

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