檻姫

 |   |  小説TOP  |  名無し小説TOP

  三 調査遠征  

 ある日、私は父である国王に呼ばれた。
「スレイよ。そなたはバルベロッテ候のことを知っておるか」
「はい、最も西側の領主で、何人も奥様を亡くされたと聞き及びます。『赤ひげ』というあだ名で呼ばれ、医術にも長けておられるとか」
「うむ。この五年で十回も結婚し、数ヶ月するとすぐに葬式だ。遠方の領主のことである故、その理由については関知せずに置いたが、半年ごとの結婚・葬式の度にそれなりに祝儀や香典を渡しておるので、さすがに何か良からぬ企みでもあるやと疑いたくもなる」
「仰せの通りです。医術に長けるとのことから、奥様は何か妖しげな薬にでも触れられたのかもしれませぬ」
「うむ。そこで今まではわしの代理として大臣を遣わしておったが、この度の十一回目の結婚式にはそなたが出席してほしい。そして謀反の動きがあるようならすぐに討て。王女が赴くのであれば一個師団引き連れても怪しくはなかろう。楽隊科部隊を混ぜておけばより理由が立つ」
「承知しました。支度出来次第出発致します」
「うむ。我が娘ながらそなたの腕が立つのは承知しておるが、毒やまやかしにもくれぐれも気を配り、決して危険なことに深入りをするでないぞ」
「ありがとうございます、父上」
 私はいつもの鍛冶屋を訪れ、ドレスの下に隠せる太腿の長さの剣を二本と、刃を仕込んだ指輪を作らせた。

 軍隊を連れて西へ十日ほどの旅に出発する。いつも遠征の時は殆ど男として、男の中で生活し、戦って来た。それが今回王女の姿で馬車に乗り、いつもの部隊の戦友に護衛されると、なんだか頬の脇がピクピクする恥ずかしさを感じる。
 馬車の脇にちょうどグレンドルの馬が来た。
「やっほー!グレンドルー!久しいのぉ! 相変わらず女の尻追っかけてるのかー?」
 身を乗り出してただ声を掛けただけなのに、真っ赤な顔をして隊の前の方にパカパカと行ってしまった。
「ゴホン! 姫様、今回はお控え下さい」
「え? いやしかし……  ……済まぬ」
 侍従に諫められてしまった。
 慣れないドレス姿での長旅を終え、ようやくバルベロッテ領に着いた。婚礼まではまだ日があるので、しばらくはゆっくり休める。
「姫様にはご機嫌麗しゅう。遠いところをわざわざお越し下さいまして誠に光栄です。姫様は武勇伝の方を多く伝え聞きます故、どのような逞しき方かと想像致しておりましたが、どうしてどうして、こんな美しいお顔・お姿の方と、かの武勇伝はまるで重なりませぬな」
 バルベロッテ候は、その名の如く見事な赤毛の髭を貯えた物腰優しそうな人物で、とても意図的に妻を次々と手にかけるような人物には見えない。
「この度は誠に目出度いことで、国王より祝儀を賜っております。また多くの兵の受け入れ、大儀であります」
「婚礼前故おもてなしも手薄になりがちですがお許し下さい」
「なんの。むしろ気を遣われない方が心易い。自身の支度に専念されますよう」
「恐縮致します」

 気を遣われて連夜晩餐会などでは自由に動けない。あてがわれた部屋に、気の知れた仲間を二人呼び寄せ、早速身代わりの女の子を立てて、私は男装し、出入りの業者に紛れて三人で城を抜け出した。

 町中で聞くと、バルベロッテ候の最初の妻はこの領地の貴族の出で、結婚してからしばらくは普通に公の場に姿を見せていたが、一ヶ月ほどするとあまり公の場に出なくなった。何人かのメイドの話では、黒革のぴったりした衣装を着た妻を城内で何度か見かけたそうだ。やがてそれも無くなったころ、奥様がご病気との噂が流れたが、ご領主様が治すだろうと皆思っていた。しかしその甲斐もなく三ヶ月後に亡くなったとの発表があり、葬儀が営まれた。そして喪を払うという理由で、その数ヶ月後に再び結婚。以後、これの繰り返し。
 2回目の結婚式以降は式典はやや地味になったが、それでも多くの人の出入りがあり、領地の産業は潤ったという。また兵士によれば、地下室では夜な夜な亡くなった妻たちの呻き声が聞こえるというお決まりの怪談もあるそうだ。

 再び城内に戻り、今度は噂の地下室を調べる。式典のため手薄になっているのか、見張りは誰も居なかった。地下はかなりの広さがあり、古びた通路には最近使われた様子のない空っぽの牢が幾つかと、すえた匂いのする拷問部屋があった。反対側の通路は人の出入りがあるようで、大きな地下工房が目を引いた。ここでは甲冑のようなものを作っているようだったが、そのどれもが美しい曲線を描く女性的なもので、とても奇妙な印象を受けた。甲冑と同じ素材で、女性の彫像のようなものもある。この領地には私のように、女だてらに戦に加わる者が多いのか? また、加工中の墓石のようなものや、木製の十字架のようなもの、ストックのような木枷も作られていた。
 さらに奥に進むとすすり泣きが聞こえて来た。その部屋の鉄格子の隙間から覗くと、腰くらいの高さの小さな檻に、美しい女性が裸でぎっちり詰め込まれていた。その女性も私のことに気付いた。
「あなたは…… バルベロッテ候の奥方か?」
「んーー! んーー!」
 口枷を嵌められているので声にはならないが、動かせる範囲で首を縦に振った。
「亡くなられたのではなかったのか?」
「んーー! んーー!」
 やはりそうか。亡くなったと偽っては次々に結婚と葬儀を繰り返していたようだ。妻に対する仕打ちについては口出し出来ないが、領地繁栄を目論んでか虚偽の重婚を繰り返し、城下に人を集め、いたずらに国費から金品をせしめたのは重罪だ。
 早速部屋に戻ってバルベロッテ候への申し入れの支度を始めた。

 翌日、バルベロッテ候の部屋を訪れた。
「バルベロッテ殿! 貴公は領地繁栄のため偽りの婚礼と葬儀を繰り返しているのではないか! どう申し開きをされるおつもりか!」
「ははは、これは姫様、朝早くから何の騒ぎですかな?」
「とぼけないで頂きたい、地下の檻を見たのだ」
 バルベロッテ候はあまり顔色を変えず、部下を呼んで何か言付けた。
「そうですか。しかしそのおかげで当地も潤い、それなりの税を納めておるのですがね。放っておいてくださればよいものを…… 時に姫様、私の奴隷剣士にはなってくださらんか。あなたのように美しく、剣も立つ者を傍に置いておきたい」
 私は全身の血が逆流するほどの怒りを覚えた。
「ぶっ、無礼な! 何を申す! 仮にも王女に対して奴隷になれなどと!」
 ドレスの裾を捲り、仕込んだ剣を抜き放った。
「ふふ、さすがですな。ちょうど良い機会です。もっと先の計画のために準備しておいた者ですが、お引き合わせしましょう」
 私は剣を握ったまま息を呑んだ。
 連れて来られたのは私にうり二つの少女だった。
「国王も姫様も剣が御自慢のお方故、奸智謀略は苦手のご様子。私も領主として我が領地を守るため、王国に対しても一応何かの保障が必要ですから、いずれ何かの役に立つかと姫様の替え玉を用意しておりました。勿論、こんな事が無ければ日の目を見ることもない計画でしたが」
「ばかな。剣の腕までは真似できまい。すぐに見破られるぞ」
「その時はその時。こちらには本物の姫様が居られますからな、人質となって頂きましょう」
 バルベロッテ候が袖で自分の口もとを押さえると同時に、左右の脇から霧吹きのようなもので、不快な甘い香りのする飛沫を浴びせられた。
 侯爵の顔が歪み、膝の力が抜ける。
「卑怯も…の…」
 せめて一太刀なり浴びせようと力無く降った剣が空を切り、そのままバランスを崩してどうと倒れた。
名無し小説TOP  |  小説TOP  |   |